自己点検・評価報告(芸術系コース(美術)) 山木朝彦

報告者 山木朝彦

1.学長の定める重点目標

1-1.大学教員としての研究活動

(1)目標・計画

  全体構想について:図画工作科および美術科の教材開発という実践学としての研究課題と芸術及び美術教育学という理念的・歴史的・社会的な研究課題を併せ持つ教科教育学という学問体系のなかで,私が実現しようとしている研究活動の包括的な構想(全体像)は,次の通りである。

  1. 鑑賞および表現の範囲をこれまで学習材と認められてきた絵画や彫刻だけでなく,:現代美術,建築,写真,イラスト,伝統的な工芸や生活のなかで取り扱われる各種のデザインにまで広げるための理論的・実践的な論理の確立である。
  2. また,一般に,感覚的・情緒的な側面が強いと思われがちな造形表現と鑑賞について,知的で論理的な批評能力や物事を反省的に捉える思弁的能力の育成が可能であり,不可欠でさえあることを内外の美術教育思想にあたることによって,明らかにするのも私の課題である。このことによって,義務教育課程の図画工作科および美術科の内容を高校・大学の高等教育における芸術および人文諸科学へ結びつける道も開けるはずである。また,市民生活に有用な環境形成やコミュニケーション能力の洗練にも役立つ方向性が明らかになるはずである。こうした目的で展開する美術教育思潮へのアプローチは,主として,歴史的な文献と英米の文献に基づく方法に依っている。
  3. 児童・生徒の表現意欲を高め,制作の質を高めるために,鑑賞教育の充実が不可欠であると考えている。このため,美術館を利用した鑑賞教育やアーティストや作品と触れ合う鑑賞学習の場を美術教育の内容の中にしっかりと位置づける方法論を研究する必要がある。学校と美術館という組織上の壁を越えて,両者が手を組み,充実した鑑賞教育題材を開発するための理論的な枠組みと実践的な教材開発を行なう必要がある。後者は試行錯誤を繰り返す要素も含むものの,理論的な探求によって,教材開発のプロセスにおいても,実際の学習者が実りある美術鑑賞学習を行なえるよう配慮しながら研究を進めている。

  本年度の研究計画

  • 本年度は,全体計画の3及び1にかかわる研究を新たに開始する予定である。鑑賞教育の対象として従来の絵画・彫刻だけではなく,写真および写真を利用した同時代の美術表現について,アートとしての魅力,歴史的な発展の筋道,作品精選のための美的・教育的観点,鑑賞方法の開発などについて多角的に調査・研究を行う予定である。方法としては,文献調査と実践的な教材開発を組み合わせた方法を用いる。
  • また,全体計画の3に焦点を絞った研究も継続し,学校との連携を図る美術館の取り組みを調査するとともに,それらの美術館の成果を整理し分析する予定である。具体的には,テイト・ギャラリーの教育普及活動の全体像を探ることと,国内の美術館の実態の調査・研究を個別かつ同時に進行させる予定である。方法は,文献調査と聴き取り調査が中心となる。
  • 全体計画の3については,批評と鑑賞の関係性について考察し,子どもの作品批評能力をどのように定義するか,また,批評的能力の引き出し方や伸ばし方について研究する。この研究も本格的な取り組みとしては,近年,着手したばかりであり先行研究も非常に少ないことから困難が予想される。本年度中はできるだけ理論的な部分を纏め上げたいと考えている。
  • さらに,全体計画の1-3すべてにかかわる研究として,美術教育に関わる教育内容学の研究を纏めたいと考えている。

(2)点検・評価

  研究計画に沿って点検の内容を報告します。ここでは概略を述べ,Ⅱ-2.研究のパートで詳述します。

  • 徳島県立近代美術館と連携して進めている鑑賞教育推進プロジェクトにおいて写真作品を取り上げ,鑑賞シートと教師用手引きを作成する実践的研究を行なった。具体的には徳島での取材をもとに作品発表を行なっている大久保英治が発表した写真の作品を鑑賞シートで取り上げることになった。こうした教材化の検討は,上記プロジェクトの協議の結果である。教材化の基本的な方向としては,濱口由美氏の提唱する「鑑賞遊び」の考え方に基づき,デジカメで身近な学校内の風景を撮るなど,児童生徒の表現行為を組み入れた教材開発を行なった。
  • 世田谷美術館,川崎市岡本太郎美術館,徳島県立近代美術館,横浜美術館子どものアトリエなど国内の美術館それぞれの持ち味を活かした学校連携と教育普及のありかたと実態について整理し,その成果をInSEA【国際美術教育学会】大阪大会にて発表した。インターネットで公表されているテイト・ギャラリーの教師用指導書をもとに,基礎的な資料を作成し,一部を鳴門教育大学実技教育研究19投稿・掲載の共著論文に活用した。
  • 批評と鑑賞の関係については,子どもが美術作品の鑑賞を契機にした感想文を書く機会を提供する場をつくるとともに,これらの感想文を収集し分析するための母体として,「せとうち美術館ネットワーク」(後援:本四高速)を活用させていただく筋道をつくることができた。批評の理論的検討については,研究室発刊の研究冊子において,米国の研究者フェルドマンの批評論を紹介した。
  • 美術教育に関わる教育内容学の研究としては,InSEAの招待セミナーとりまとめを依頼された機会に,「戦後日本美術教育の可能性を探る」という論題で考えを纏めた。そこでは,日本においては,内容学と方法学が実践をベースに有機的に関係付けられて発展してきたことを明らかにした。
  • Ⅱ-2で後述するが, 連合大学院ベースの研究成果物としての西園芳信・増井三夫編著の著作に分担執筆を行い,教科内容学に関する研究成果を発表することができた。

1-2.教育大学教員としての授業実践

(1)目標・計画

  • 授業内容の改善に努め,積極的に教育機器の活用に努める。授業の流れの上で知識を整理すべき箇所などでは,パワーポイントを利用して内容のまとめを行い,能率的な授業展開を図るとともに,積極的にデジカメの静止画像やDVD等に収録した動画によって,現場における授業の方法や指導の要点を効率よく伝える。
  • 発表力,論述の能力,基礎的な知識の習得など,多角的な能力について評価を行うよう努める。また,教材研究を含む授業では,授業の導入部・展開部・終結部などの模擬授業を学生に行わせる予定である。レポートについては,書き方の要点やレポート評価の観点など,課題を出すだけでなく,前後に指導を行なうよう心がける。
  • 課題研究においては,アンケートの実施など実証性を伴う研究方法論と,開発した教材を実際に授業実践しながら検証する実践力育成の方法論を導入し,学部からのストレート・マスターと現職教員ともに有益と感じられ満足ができる指導方法を確立する。(本年度の課題研究受講者は現職教員のみの予定。)

(2)点検・評価

  • すべての授業において効率的な授業方法を目指して実施した。前期の学部・大学院の授業では,積極的にデジカメの静止画像を利用して,美術館での鑑賞教育での子どもの姿などを紹介した。後期においては,さらに受講生の教育実習中の指導のしかたなどについて動画で記録されたデータを活用し,教育実践力を自己評価する機会を設けた。この評価項目として,平成18年度特色GP「教育実践の省察力をもつ教員養成」から生まれた成果物である「教育実践力評価スタンダード」を積極的に活用した。大学院の教育実践フィールド研究では,教材化の手続きを綿密に指導し,附属校教員との連携に基づく授業研究を促した。
  • 前期の授業において,発表力,論述の能力,基礎的な知識の習得を身に付けさせるため,試験のみではなく,レポートの執筆と提出及び発表の機会を多く用意した。また,レポートを書くに当たって用語の理解が不可欠と考え,この点を特に指導した。学部・大学院のすべての授業において,いっそう数多くの教育用語と美術用語を調べさせ,覚えさせ,活用する機会を用意した。内容として教材研究を含む後期の授業では,模擬授業を学生に行わせた。
  • 本年度の課題研究受講者は現職教員のみであった。このため,課題研究においては,アンケートの実施など実証性を伴う研究方法論を徹底的に指導した。修士論文を指導している二人の院生にたいして,上記のInSEAで口頭発表を勧め,この過程で,県内外の教員にたいして他項目のアンケート調査を実施させた。また,その的確な分析と妥当な解釈について発表前に綿密な指導をした。後期では,修士論文の指導の過程で,開発した教材を実際に授業実践しながら検証する実践力育成の方法論を学ばせた。

2.分野別

2-1.教育・学生生活支援

(1)目標・計画

  • 勉学や将来の進路について,授業の前後や各種の行事の機会などに学生と直に触れ合う場を活かし,相談に乗るように努め,有益な情報を提供できるようにする。
  • 現在,担任を務めている学年である学部生(平成20年度:学部2年生)にたいして,早い段階で教職への意欲を高めるよう努め,教員採用試験への早期の取り組みを促す。互いに信頼しあえる関係の構築に努め,大学生活全般についてよきアドバイザーとなるよう努力する。
  • 美術館との連携を軸にして,地域の学校との連携を図るとともに,大学院生などを積極的に美術館と学校との連携のプロジェクトにかかわらせるよう努力する。

(2)点検・評価

  • 大学院生が集う部屋と学部生が集う専修室には,こちらから出向き,教員採用試験対策などについて話を向け,勉学の悩みなどがあればすすんで聴くようにした。 また,学生の希望に従い,教員採用試験の面接対策を美術コースの院生にたいして実施した。
  • 合宿研修などを利用し,学部二年生の担任として教職への意欲を高めることに努めた。同時に教員採用試験のための勉強を始めるよう指導した。
  • 二人の現職教員の院生(亀井幸子氏・小浜かおり氏)を徳島県立近代美術館で定期的に開催している鑑賞教育推進プロジェクトのメンバーに招き入れ,美術館と学校との連携のプロジェクトの実際を院生に学ばせた。

2-2.研究

(1)目標・計画

  上記1-1にも述べたが,再び整理すると次のようになる。

  • 鑑賞教材対象として従来の絵画・彫刻などという美術の枠組みに縛られること無く,現代美術や写真など幅広いビジュアル・アートを対象にした鑑賞教育の方法について研究を開始する。
  • 一昨年度に完了した科学研究費補助金採択の研究「美術館と学校が連携して進める美術鑑賞教育の実践的方法論の開発」の研究の延長線上で,内外の美術館や学校の実態調査と教材開発について研究を進める。
  • 鑑賞教育にとっての批評的能力の育成とは何を意味するのか,英米の文献に当たると共に,実際の子どもたちが行なう鑑賞後の言葉などについても調べ,教育課程への導入の可能性と段階的な到達の目標について検討する。
  • 美術教育に関わる教育内容学と方法論について実践的な観点から研究を纏めたいと考えている。

(2)点検・評価

  • 徳島県立近代美術館と連携して進めている鑑賞教育推進プロジェクトにおいて,石内 都の写真作品,やなぎみわ[もともと平仮名表記]のデジタル写真をもとにしたCG作品,大久保英治のインスタレーションを撮った写真作品を取り上げ,鑑賞シートと教師用手引きを作成するために研究と提案を鑑賞教育推進プロジェクトにおいて行なった。結果としては,プロジェクトの協議を経て,大久保英治が発表した写真の作品を鑑賞シートで取り上げることになった。基本コンセプトについても,プロジェクト形態の共同研究によって,表現活動を伴う内容になった。(I-1の点検・評価に関連事項があります。)
  • 国内の美術館の実態については,すでにその成果をInSEA大阪大会(正式和訳名称:国際美術教育大会世界大会 大阪)にて,「美術館と学校の連携による鑑賞教育の推進(副題省略)」(Promoting Education in Art Appreciation through Cooperation between Art Museums and Schools)の研究題目にて共同研究発表を行なった。インターネットで公表されているテイト・ギャラリーの教師用指導書をもとに,基礎的な資料を作成し,その成果の一部を「鳴門教育大学実技教育研究19」掲載の山田芳明氏との共著論文に活用した。
  • 批評と鑑賞の関係については,子どもが美術作品の鑑賞を契機にした感想文を書く機会を提供する場をつくるために外部のJB本四高速などとも協力し,赤木里香子(岡山大),守田庸一(三重大),井上由佳(文教大)に働きかけ,研究枠組みの組織作りを行なった。また,研究室発刊の研究冊子「アート ラーニング」1号において,米国の研究者フェルドマンの批評論を紹介した。
  • 美術教育に関わる教育内容学の研究としては,やはりInSEAの招待セミナーとして発表した「戦後日本美術教育の可能性を探る」のなかで,日本の美術科教育の内容が,文化的な土壌を背景におく教育実践に影響を受けていることを明らかにし,内容学と方法学が教室での教育実践をベースに有機的に関係付けられて発展してきたことを明らかにした。
  • 兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科の共同研究プロジェクトF「教育実践の観点から捉える教科内容学の研究」の成果刊行物として編まれた,『教育実践から捉える教員養成のための教科内容学研究』(西園芳信・増井三夫編著 風間書房)の図画工作科・美術科のパートを福本謹一(兵庫教育大学教授),奥村高明(国立教育政策研究所・教科調査官)とともに執筆した。

2-3.大学運営

(1)目標・計画

  • 各種委員会と講座とのパイプ役として,相互の情報の正確な受け渡しに努めるとともに,講座会議・部会などでは,アイデアや考えを述べるだけではなく,審議事項にかかわる事柄が,本学の歩みのなかでどのような意味を持ってきたか,反省的に捉える視点を取り入れ,できるだけ危なげ無く,現実的な案となるように努める。
  • 大学の一構成員として,大学の研究・教育の向上に関する事柄について,今まで以上に積極的に発言を行なうように努めたい。
  • 同時に,指導力のある方々の意見・提言をしっかりと受け止め,誠心誠意,その実現に努めたいと思う。

(2)点検・評価

  上記の目標・計画の一番目と二番目の内容を総合して書きます。

  • コース会議や部会議では本学が取り組んできたGPなどの趣旨を踏まえ,事前に議題として挙がらない場合にも,コアカリキュラムの計画などについて,率先して話題提供を行なうよう努めた。
  • 教授会での学長講話について手帳に内容を書き込み繰り返し読み,学長や理事の方々の優れた考え方を学ぶとともに,本学の課題を実現するために自分には何ができるかを日頃から考えるように努めた。

2-4.附属学校・社会との連携、国際交流等

(1)目標・計画

  • 附属校,とりわけ附属小学校と中学校の研究課題に,美術科教育の観点から積極的にかかわり,研究会などを通じて,学術的な情報を提供するように努める。また,同校の校内の研究会に出席するように努める。
  • 地域の美術館と協力しあい,附属学校園の児童・生徒の美術館での鑑賞に道を開き,美術作品の鑑賞教育の発展に努める。
  • 県内・県外を問わず,教育実践現場で助言や提言,さらに専門的知識をベースにした講演等の要請があれば,内容を吟味の上,積極的に応じ,研究内容の社会的還元を図りたい。
  • 美術科教育学会の役職(理事)を通じて,美術教育を通じてわが国と諸外国との国際交流が進展するよう,国際学会の開催に尽力する。

(2)点検・評価

  • 附属小学校・附属中学校ともに共同研究の同人として,校内研修に積極的に出席し,必要があれば助言指導をするとともに現場の諸問題について学んだ。
  • いままで美術館での鑑賞教育の取り組みについては後発であった附属小学校の図工担当教員に働きかけ,徳島県立近代美術館での鑑賞を実現させた。学芸員および附属小学校教員とともに私もギャラリートークを担った。
  • 県外では大分県の造形教育大会に講演者として招かれ,約400人の幼・小・中・高の教員にたいして鑑賞教育の授業方法など基本的な事柄と昨今の動向を伝えた。
  • 美術科教育学会の役職(理事)を通じて,美術教育を通じてわが国と諸外国との国際交流が進展するよう,InSEA(国際美術教育大会世界大会 大阪/後援はユネスコ)の実現に全面的に協力した。

3.本学への総合的貢献(特記事項)

  • 力足らずで予算を勝ち取ることができなかったが,FDの専門書を読み,いわゆる「教育GP」申請書の文案のほとんどを立案し,理事や学長補佐の先生方の指導・支援を受けて,伊藤・井上両氏とともに文章と図をつくり期日までに申請書類を完成させた。
  • 美術科教育学会の理事会にて,平成21年度『美術教育学』賞選考委員長に選出され,美術教育の学と実践の発展に資する論文について,代表理事・学会誌編集委員長とともに,複数回の選考を行い,該当者に賞を授与した。社会的活動の欄の特記事項として記載します。
  • 研究誌「アート ラーニング」を研究室発刊という形態で印刷した後,学会で配布し,鳴門教育大学の存在をアピールした。
最終更新日:2010年03月18日

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