2022(令和4)年度学位記授与式告辞

 本日、栄えある学位記授与式を迎えられた、学校教育学部107人、大学院学校教育研究科修士課程91人、専門職学位課程93人の皆さん、誠におめでとうございます。

 また、今日まで皆さんを支えてこられたご家族の皆様方のお喜びもひとしおかと存じます。皆さんの門出にあたり、私たち、鳴門教育大学教職員一同、心からお祝いを申し上げます。

 

 皆さんの卒業・修了を祝うかのように、キャンパスの早咲き桜も花をつけてくれていますが、ウクライナではすでに一年を越える戦乱が依然として続いています。対立と分断を乗り越えて、私たち人間の叡智で平和な世界が来ることを切に願っております。そして、これからの社会を生きて行く子どもを育てる教育が、未来の平和の構築に大きな役割を担っていることを、私たちは忘れてはなりません。

 

 さて、2019年に感染が確認された新型コロナウィルス(Covid-19)は、瞬く間に世界を覆い、わが国でも、2020年4月には重大事態宣言が出されました。皆さんはまさにコロナ禍のなかで学生生活を送ってこられました。

 

 本学でも、二〇二〇年前期から講義をオンライン化することになりました。課外活動も大きく制約せざるを得ませんでした。大学祭を開催できない年もありました。大学に通学すること自体もままならない時期もありました。教室での授業が再開された後も、距離をとってマスク着用が日常となり、それ以前には普通であった生活が、大きく変わりました。

 

 皆さんも大学生活に大きな戸惑いや不安を感じることが多かったのではないでしょうか。特に留学生の皆さんは、苦労が多かったと思います。

 

 多くの困難や制約のなかで、皆さんはよく努力をされました。本年度は、皆さんの熱意と工夫で、充実した大学祭(鳴潮祭)も開催されました。さまざまな困難や制約を乗り越え、この日を迎えられた皆さんの頑張りを讃えたいと思います。

 

 困難や制約だけでなく、コロナの中で得がたい経験や学びもありました。互いに支え合って困難を乗り切ることや相互支援の大切さ、そして他者との交流が人間にとっては不可欠であることを、改めて学びました。コロナ禍での経験や教訓を活かして、ポストコロナの新たな時代を築いていただきたいと思います。

 

 さて、近年、VUCAという言葉で、現代社会の特徴が表されています。

 VUCAとは、 Volatility: 変動性、Uncertainty: 不確実性、  Complexity: 複雑性、Ambiguity: 曖昧性

 の頭文字を取った言葉です。

 

 何が正解かが分からない社会、将来の見通しがつきにくい、不透明で不確実性に満ちた社会、を表す言葉として使われています。

 たしかにICT、AIや社会のグローバル化などの予想を越える進展、気候変動、そしてコロナ感染症などを考えると、何が起こるか予測が立ちにくい、あるいは何が正解かが見通せない、そのような時代を迎えています。

 

 さらに、私たちが直面しているこれからの社会は、予測が立ちにくく不確実さが増大するだけでなく、インターネットの発達などによりさまざまな情報があふれる社会でもあります。ネット上には、フェイクニュースや一面的な情報が流れることもまれではありません。

 

 このような社会における人間の問題として、危惧されることは、自ら考え判断することなく、他者の情報や権威があると思われる情報に依存し、他律的ないしは同調的に行動する傾向が強まることです。コロナ禍のなかでも、周囲の人と同じ行動をとることが基準とされたり,そしてそれを暗に強いる「同調圧力」が問題になりました。同調とは、主体的な判断を停止し、多数者の行動をあたかも正解であるかのように受け止め、それに従うことから生じます。

 

 主体的に情報を吟味し、判断していくことはとても手間がかかることです。また異なる意見を持つ他者の意見に耳を傾け、対話することも骨が折れます。率直に言って、私もどれほどできているか、自信があるわけではありません。

 

 しかし、多様性と包摂性という理念とは裏腹に、対立と分断が顕在化しつつある現代社会にあって、同調圧力や正解主義を乗り越えて、主体的に考え、探究的に学び、自律的に行動することが、これまで以上に必要になることは意識しておかねばなりません。このことは決して容易なことではありませんが、これからの時代に生きていく私たち、一人ひとりに求められていることを胸に刻んでおきたいと思います。

 

 ところで、教師をはじめ、不確実性の高い仕事を遂行していく専門職には、経験を通して、主体的に考え、探究的に学び、行動していくことが、特に重要だとされています。

 

 学部、大学院の授業の中で、リフレクション、省察という言葉をしばしばお聞きになったことでしょう。

 リフレクションとは、自己の行為の意味を、経験を通して捉えなおし、それに基づいて新たな試み(行為)を創っていく、循環的なプロセスです。教育に即して言えば、教師が自己の実践の意味を、子どもの反応から読み取り、そこからあるべき関わり方を探究し、新たな実践を組み立てていくことだと言えます。

 

 教育という仕事を省みると、教育はまさにVUCAな仕事です。教室で学ぶ子どもたちは、多様です。学級集団の雰囲気も規範も一定ではなく、流動的です。そして授業のねらいを達成するための教育技術、教授方法も多様です。さらには授業のねらい(目標や価値)それ自体も、必ずしも一義的に定められるものとは限りません。むしろ論争的な場合が少なくありません。教師の仕事は、「このような関わり方をしておけば間違いがない」あるいは「このような指導をしておけば全てうまく行く」という、正解があらかじめ存在しているとはいえない仕事です。子どもにどう関わるべきか、どう指導すべきか、ある程度の指針となる情報はあるでしょうが、それが、いま目の前にいる、一人ひとりの子どもに役立つかどうかは、実は誰にも分かりませんね。だからこそ、教師にはリフレクションが重視されているのです。

 

 一人ひとりの子どもに誠実に向き合い、ICTやデータなども活用しつつその実態を丁寧に読み込みながら、その場その場で、対峙する教師が最適と思われる関わり方を行うこと、さらに自らの関わり方の意味を子どもの反応から読み取り、修正していくこと、この繰り返しの過程の中で、子どもは徐々に成長し、それとともに教師も成長していきます。そして,このような経験の中で教師としてのやり甲斐や充実感を得ていくのだと思います。

 

 教職を担う上で専門的な知識やスキルを習得することは大切です。専門職たる教師にとって、卒業・修了後もこれらをしっかりと勉強することは不可欠です。しかし、教師という専門職は、習得した知識やスキルを目の前の子どもに当てはめればよいというものではないことを、押さえておいてほしい。

 

 鳴教で皆さんは、講義や演習を通して、人間や教育に関する幅広い専門的な知識やスキルを学んできました。そしてそれだけでなく、例えば、実習での実践とふり返り、大学院における研究課題の設定とその解決に向けた学びを行ってきたと思います。これらは、いずれも自己の知識や実践の現状を、対象あるいは現実との関係の中でとらえ直し、その限界を越えるための探究的な学びに他なりません。

 

本日鳴教を巣立って行かれる皆さんは、教職に就かれる方、現職教員として学校に戻られる方、心理学の専門職に就かれる方、さらには母国に戻り教育改善に取り組む方、企業や公務員に就職される方など多様ですが、

一九八一年の創設以来、教師教育のトップランナーとして先導的な教師教育を切り拓き実践してきた本学での学びは、皆さんのこれからの活躍の基礎になるものと確信しています。

 

 鳴教での学びを礎として、卒業・修了後も、子どもや対象者に誠実に向き合う、探究的で創造的な専門職として成長し続けることを強く願っています。

 

 多くの人たちが皆さんとの出会いを待っています。

 

 鳴教出身者としての誇りと自信を持って、一人ひとり自分らしく活躍されることを期待しています。

 鳴教の教職員一同、これからも皆さんを見守り、支えてまいります。

 

 本日はおめでとうございます。

 

 

 

2023(令和5)年3月17日

鳴門教育大学長  佐古 秀一