2022(令和4)年度入学式告辞(大学院)


 ただいま入学を許可いたしました大学院学校教育研究科修士課程104人,専門職学位課程137人のみなさん,鳴門教育大学大学院へのご入学,おめでとうございます。われわれ鳴門教育大学教職員一同,みなさんのご入学を心からお祝い申し上げます。
 キャンパスのソメイヨシノも,皆さんの入学を待ちかねたように,満開の花を咲かせてくれました。
 このなかには,海外からの留学生が39人,おられます。また,本年度から開設しました,教職大学院遠隔教育プログラムの入学生が32人,おられます。この遠隔教育プログラムには,働きながら鳴門教育大学の教職大学院で学びたいという強い学修ニーズをもった現職の教員が入学されています。

 

 鳴門教育大学は,1981年(昭和56年)に,新構想の教育大学として開学しました。昨年10月に開学40周年を迎えたところです。新構想教育大学は,学部における教員養成だけでなく,大学院において現職教員を対象とした高度な教育と研究を行う大学であること,そして教師教育の先進的・先導的なモデルを開発実践する大学であることを期待されて設立されたものです。設立以来,鳴門教育大学は,時代に先んじる教師教育の開発実践に取り組み,全国の教師教育をリードしてきました。

 

 さて,入学に際し皆さんに3点,話をしておきたいと思います。
 一つは,これからの社会と教育の果たす役割です。
 ICTの発達で世界は緊密に結びつくことが可能になりました。コロナの中で私たちが経験してきたように,オンラインでのコミュニケーションが物理的な距離を埋める有力な道具となり,定着しています。その意味で世界は狭くなりました。相互にコミュニケートするチャンスが格段に増大したといえるでしょう。
 他方,ロシアによるウクライナへの侵攻は,子どもを含む市民への攻撃が激化しまさに惨状を呈していますが,私たち人間が抱えている,さまざまな問題を象徴しているように思われます。
 暴力による服従の強要,社会の(あるいは集団の)分断と対立,外敵の設定によって自国の(集団の)凝集性を高めようとすること,偏見と情報の歪曲等,テクノロジーの進展だけでは解決することが困難な問題が,私たちにはなお,大きく残されているように思われます。
 通信手段や交通手段の発展に伴い,多様な文化的背景,価値観をもつ人々と交流したり協働したりすることが不可避の社会になっています。多様性を認め合い,多様な人々とともに未来を指向し,共に課題に取り組む社会を実現していくことが必要です。人間共通の課題として,あらためてこのような社会の実現に取り組まねばならない時代になっています。
 学校においても,未来社会を担う子どもたちが,文化や発達などの違いを多様性として相互に理解し合い,共に課題の解決に向けて協働していくことができるように育てていくことが必要です。
 教育は,いうまでもなく次世代の社会を担う子どもを育てていく営みです。そしてそのことを通してこれからの私たちの社会を形作っていく営みでもあります。教育の効果が顕在化するには時間がかかりますが,教育こそが私たち人間が,次の時代を築いていく礎となる営みであることは間違いありません。教育は将来の社会を担っていく一人ひとりの子どもを育てるとともに,私たちの社会のありように決定的な影響を及ぼすものです。
 本学は2005年(平成17年)に鳴門教育大学憲章を定め,その中で「教育は国の基である」と宣言しました。社会のグローバル化を捉えてみると,まさに「教育は私たち社会の基」なのであります。
 このような大きな役割を我々が担っていることを胸に刻みながら,これからの本学における学びを積み上げていただきたいと思います。そしてわれわれ鳴門教育大学の教職員も「よい教師を一人でも多く」育てていくという,本学の基本的な使命を常に意識して,皆さんと共に歩んでいきたいと思います。

 

 二つ目は,教師の仕事についてです。
 近年,まことに残念なことですが,教師は「ブラックな仕事である」という認識が社会に広がっています。皆さんもそのようなことを見聞されたかも知れません。
 教師の勤務時間の長さが問題とされ,教師の勤務環境が問題となりました。教師は,教師である前に人間として充実した生活を送ることが必要であり,教師の働き方改革は早急に解決が求められる課題です。また,子どもの全人格的な成長を,専ら学校が担うといういわゆる日本型教育についても,見直していかねばならないと思います。
 しかし,教師=ブラック論が一般化する中で,教師の仕事,教職のネガティブな側面のみが一面的に認識されているのではないかと危惧しています。つまり,教師の仕事のやり甲斐,面白さ,そして社会的意義などが見えにくくなってしまっているのではないでしょうか。
 一人ひとりの子どもの可能性を引き出し,社会で存在感を発揮しうる人間として育てることは,容易なことではなく,骨が折れる仕事です。しかし同時に,やり甲斐のある重要な仕事ですし,子どもにとって教師はかけがえのない存在です。本学の,ある教員は「教師は苦労が報われる仕事」であると,私に話してくれたことがあります。教師が誠実に子どもに向き合ったことにより子どもが成長したことを実感できたときの,大きな喜びをそのように表現されているのだと思います。書けなかった文字が書けるようになった,できなかった計算ができるようになった,人前で話せるようになった,これらのことは子どもにとって自分の成長を実感できる貴重な経験であり,大きな喜びであるでしょう。そして,教師は子どもの成長を支えると共に,それを共に喜ぶことのできる存在なのです。
 教師の仕事は,決して容易なものではありませんが,子どもの生き方と社会の在り方に大きな影響を及ぼす,創造的(creative)な仕事です。だからこそ,教師は専門職たるべく,自らの考え方,知識を,経験の長短にかかわらず,磨き続けなければならないのです。

 

 第3には,大学院での学びについてです。
 大学院の学びは,「正解」を習うことではありません。つまり「どうしたらよいか,ハウツー」を学ぶところではありません。むしろ,正解が見えない未知の問題,あるいはどうしてよいかわからない実践的な課題について,自ら問いを立て,探究を進め,自ら知識を求め,新たな知見を見出していくことこそが,大学院での学びであると思います。すなわち主体的に学ぶことこそが,大学院においては不可欠です。このような主体的な学び方を本学の大学院で修得していただきたい。本学での主体的な学びの経験と修得は,大学院修了後に皆さんが専門職として力を発揮するための礎になると思います。
 ところで,主体的な学びを深めるためには,一人で勉強することだけでは達成できません。自分とは異なる経験,考え方,知識をもつ他者との交流や対話が必要です。
 本学の大学院には,全国から,そして海外からも多様な人々が集っています。教師としてさらなる資質力量の向上を図ろうとしている現職教員が全国から集まっています。また,将来教壇に立つことを目指している学卒学生や社会人,母国の教育改善を担う留学生,心理専門職を目指している学生,研究者になることを目指している学生等が集っています。
 鳴門教育大学に集ったこれらの人々との交流を深め,相互に理解し合い,知見を深め合えるようにしていただきたいと思います。皆さんが鳴教で培った人間関係は,大学院修了後も皆さんを支える貴重なネットワークになると思います。

 

 みなさんの鳴門教育大学大学院での学びが,皆さん一人ひとりの輝かしい未来につながることを心から祈念して,告辞といたします。

 

 

2022(令和4)年4月6日  

鳴門教育大学長   佐古 秀一