2017(平成29)年度学位記授与式告辞

「人の話を聞く」

 

 平成29年度の学位記授与式にあたり、鳴門教育大学を代表して卒業生、修了生の皆さんに、一言お祝い申し上げます。
 本日、学校教育教員養成課程105名、大学院学校教育研究科・修士課程164名、専門職学位課程42名の皆さんがめでたく学位を取得され、新しい旅立ちのときを迎えられたことを、ご来賓の皆様ならびに本学教職員とともに、心から祝福いたします。大学院修了生の中には、7名の海外からの留学生も含まれています。
 そして、これまで皆さんを温かく見守り、支えてこられましたご家族や関係者の皆様に心から敬意を表しますとともに、お慶び申し上げます。

 皆さんは4月から、希望と自信を持ち、そして幾ばくかの不安も持ち、社会に出て行かれることでしょう。現職の教員の方たちは、この2年間で学んでこられたことがこれまで以上の自信となり、職場に戻るのが楽しみだと思っておられるのではないでしょうか。
 私自身、大学院を修了した頃のことが懐かしく思い出されます。当時、私は、プロのカウンセラーとして人の役に立てるという自信が持てるようになり、ある大学の学生相談室のカウンセラーをしていました。
 夏休みのある日、突然、大学の職員から「学生の父親が、酔っ払って事務室に来て騒いでいます。夏休み中で、その学生の所属する講座の教員は誰もいないので、代わりに対応して下さい」という話が飛び込んできました。事務室に行くと、「子どもと連絡が取れない。大学は何をやっているのだ」と怒鳴っている父親がいました。
 私は、父親から事情を聞くことにしました。父親は「子どもは夏休みなのに自宅に帰って来ず、子どもに電話を掛けても繋がらない。心配で、今日、下宿まで行ってみたが応答がない。事故に遭っていないか心配だ」と話されました。そこで、私は下宿の大家さんに電話を掛け、「○○さんのお父さんが大学に来られているのですが、○○さんと連絡が取れないということで、ちょっと心配されているのですけれど」と言ったところ、その父親は「ものすごく心配しているのに、ちょっと心配しているとは何事か」と怒鳴りながら、私から受話器を取り上げて投げ捨て、そのまま大学から出て行ってしまいました。
 結局のところ、学生本人と父親と連絡が取れ、一件落着となりました。
 しかし、私は、カウンセラーとして大いに反省しました。つまり、父親が興奮し受話器を投げ捨てるようなことをさせたのは、他でもない私だと思いました。当時は「モンスターペアレント」という言葉はありませんでしたが、今なら私がその父親をいわゆる「モンスターペアレント」にしたと考えられます。
 私は、父親の話にうなずき、心配していることを口では言いながら、内心「酔っ払って大学に来るとはなんて非常識なんだ。早く帰ってくれないか」などと思っていました。しかし、このような気持ちを思い浮かべることがいけないことだとは思いませんが、このような気持ちがあったとしてもそれ以上に本気で、目の前の父親そして一面識もない大学生本人のことを気に掛けなければいけなかったと思います。 もちろん、話を聞くということは、相手の言いなりになることではありません。しかし、相手の立場になって共感しようとすることができていませんでした。
 私とすれば、大家さんに対する遠慮から「ちょっと心配されている」と言ったのですが、それまでの私の体全体から醸し出す雰囲気のようなものに信頼が置けず、「ちょっと心配しているとは何事か」と怒りを爆発させたと思います。

 その後、私は、本学の大学院でロールプレイの授業を担当するようになりました。学生たちがそれぞれ教師役と児童生徒役や保護者役、あるいはカウンセラー役とクライエント役になり、対応場面をビデオカメラで撮影します。私も役を演じてみせることもありました。そして、授業において出席者全員で、そのビデオ録画を見、逐語録を読み、対応を検討するのです。
 すると、たいていの人が、それも現職教師、あるいは教師やカウンセラーを目指している学生であっても、いかに他人の話を聞くことが難しいか、共感的に理解することが難しいかを実感します。ビデオを見ると、その人の聞く姿勢や聞く態度が実によくわかります。さらには、その人の器や人間性のようなものまでわかるような気がします。
 特に、生徒指導や教育相談、カウンセリングを行おうとする人は、人の話を聞くトレーニングは欠かせません。
 傾聴、リスニングをしようと耳をそばだたせて身構えたり、完璧な応答を目指して上手く話そうと一所懸命に頭を使い考えていると、却って相手は話しにくくなります。何より話しやすい雰囲気や信頼感を持ってもらえるような態度が大切です。
 私は普段、1.5倍速から2倍速ほどのスピードで頭と口を動かすことが多いのですが、人の話を本気で聞こうとするときは、頭と口のスピードを0.8倍速のスピードに緩めるようにしています。そして私自身の思いや考えが前面に出ないように、できるだけ謙虚な気持ちでいようとします。
 次に、相手の心臓に自分の心臓を重ね合わせるようにイメージして話を聞くように、少しぼーっと余裕を持って聞くようにするのがコツです。実際、そのようにすると、なぜか自分の心臓がドキドキしてきて、相手の心や気持ちが何かしら感じられるようになります。心臓がドキドキしていると、「へぇー」とか、「はぁー」とか、「なるほど」、「へぇーそうなんですか」などなど、ため息や相づちが出てきます。これが大事なんです。
 このようにまず心臓と心臓を重ね合わせるようにして温かい心で感情的な理解を行うとともに、観察し考えるという冷静な頭で知的理解も行うことによって、共感的な理解となります。

 ところで、私がスクールカウンセラーとして学校に行って思ったことは、学校の先生は本当に忙しい、ということです。その忙しい時に、なかなか子どもの話を聞くこと自体、難しいと思います。仕事や他のことを気にしながら「うんうん、ああそうか」と子どもの話を表面熱心に聞く風を装っても、子どもは先生が本気でないと感じ取っています。
 そうならないためにも、30分なら30分、せめて10分と時間を自分で決めて、「よし本気で集中しよう」と思って聞いてほしいのです。
 唐突ですが、赤ちゃんが夜泣きした時とよく似ています。夜泣きした赤ちゃんをとにかく抱っこして「早く寝てくれないか、しんどいのに、明日は仕事がハードなのに」と思っていたら、なかなか泣き止みません。
 それに対して、根性を決めて「よし10分間、赤ちゃん、我が子と付き合おう」と思って、よしよししながら子守歌を歌ったり、「〇〇ちゃん、可愛いね」とか「〇〇ちゃん、好きだよ」とかささやいていると、だんだん泣き止んできます。10分間だと決めておいたら、心に余裕が生まれ、集中できるのです。
 繰り返しになりますが、忙しいときこそ時間を決めて、「よし本気で聞こう、集中して聞こう」と決意し、子どもや保護者の話を聞いて下さい。いじめだけではなくて色々な悩みを抱えている子どもや保護者たちからすると、「あぁ、先生が聞いてくれた」ということになります。そして次に教師は「今日は忙しいから、ここまでだけど、明日また○○時に」とか、「○○曜日の○○時、○○分間空けておくから、おいで」というような約束をして、話し合いを終われば良いのです。

 さて、私の話も結びに移りたいと思います。
 皆さんは、鳴門教育大学を卒業、修了するにあたり、今まで以上に自信を持つようになったと思います。そのような皆さんに私がお願いしたいことは、謙虚さも大事にしてほしいと言うことです。
 これからも、教える自信と学ぶ謙虚さを合わせ持っていて下さい。それは、人に話をする自信と人の話を聞く謙虚さとも言えるでしょう。
 これからも皆さんが、教師として人間として、成長していかれることを祈念し、私の告辞といたします。

 

2018年(平成30)年3月16日

鳴門教育大学長  山下 一夫