平成27年度入学式告辞

「主体的な学びの源泉はどこから来るのか」

 

 

 ただいま入学を許可いたしました学校教育学部116名、大学院学校教育研究科・修士課程207名、専門職学位課程59名の皆さん、鳴門教育大学を代表し改めて本学へのご入学を心からお祝い申し上げますとともに、お慶び申し上げます。
 また、この日まで皆さんを温かく見守り、支えてこられましたご家族、関係各位に心から敬意を表しますとともに、お慶び申し上げます。

 さて、鳴門教育大学は新構想の大学として、1981年10月に創設された「教員のための」大学、「社会に開かれた」大学です。2004年4月からは、国立大学法人鳴門教育大学として装いを新たにし、今年で創立34年を迎えるまだ若い大学です。そして、学部定員400名、大学院定員600名、合計1000名という小規模な大学ですが、教職員は244名と多くの有能な人材を擁しており、学生の皆さん一人ひとりのニーズに合わせて、きめ細かな教育研究指導ができる体勢を取っています。

 2004年4月の法人化に際し、本学は大学憲章を定め、その中で「教育は国の基いである」と謳っています。この理念のもとに、教員養成大学として時代の要請に応えるべく、高度な教職の専門性と教育実践力、そして豊かな人間愛を備えた高度専門職業人としての教員の養成を最大の目標としています。また、四国霊場88カ所の一番札所、霊山寺が鳴門にあることに因んで、本学を「教育の一番札所」と名付けており、我が国の教員養成において先導的役割を果たしていきたいと考えています。
 
 さて、理論知と実践知の探求の場である大学において一番重要なことは、学ぶ主体は自分であるという自覚です。皆さんは、中学校、高校で、あるいは小学校時代から、大学や大学院に入るために一生懸命勉学に励んでこられたことと思います。現職の院生の方々は、日夜子どもたちの教育に心血を注ぎ、その合間を縫って研鑽し、本日の佳き日を迎えられたことと思います。ここで、もう一度自分の学びが主体的、アクティブであったかどうか問い直してみて下さい。学問は自らの意志によって主体的かつ積極的に行うものです。これから始まる大学の学問研究は、質・量ともに自らの手で進んで豊かにしなければなりません。

 ところで、主体的学びの源泉はどこからくるのでしょうか。その時代の価値観が大きく影響しているのではないでしょうか。個人的体験になって恐縮ですが、「主体的学び」に関わる私のエピソードを一つお話しします。それはオリオン星座とオリオン通信教育にまつわる話です。

 1960年代から70年代にかけて、少年達によく知られていた大学受験用の大手通信教育が二つありました。オリオンとZ(増進)会です。私は、オリオンという名称に惹かれてオリオン通信教育に入会しました。月に2回テスト問題が送られてきて、それに解答し返送します。およそ二週間後、赤ペンで添削された解答用紙が手元に戻ってきます。安価で極めてシンプルな仕組みでした。採点者の的確な赤ペンの文字と直筆のサインに人間味を感じ、知的好奇心を刺激されたものでした。私は、数学、英語、国語の3教科を受けていましたが、学校で学ぶ内容よりも確実にワンランクもツーランクも上でした。毎回、成績優秀者の名前(ペンネーム)とその人の志望大学が記載された冊子が同封されています。日本中から受験しているのが一目瞭然です。地方の少年にとって日本中の少年達が競争相手だと思うと心が熱くなり野心が膨らみました。私のペンネームは、「+∞」としていましたが、たまにランキングの上位に顔を出すこともありました。
 オリオン通信教育の仲間とは誰とも連絡を取ることはありません。たとえ連絡したくとも、成績優秀者の欄に載るのは都道府県名とペンネームのみでしたから連絡の取りようがないのです。
 ところがある年の冬、同学年のN君から突然1枚の葉書をもらいました。要約しますと、「オリオンで活躍していますね。あまり煽らないで下さい、未来のベン・ケーシー。僕は東大文Ⅰに入って、高級官僚を目指します。」と言うものでした。ベン・ケーシーというのは当時、米国のテレビドラマで活躍した脳外科医の名前です。夜半、私は勉強に疲れると厳寒の庭に出て夜空を見上げるのが習いでした。冬の天空に寥々とオリオン座がかかっています。日本中の、あるいは世界中のどこから見ても、時空を超えてオリオン座は透明で寂寥として見えるでしょう。そして、私はこんな風に思いました。<オリオンに入会している少年達は、みな、私が見ているようにオリオン座を見ているに違いない。そして、学問で身を立てる決意をしているに違いない。寒気の中で、武者震いしているに違いない。>
 別の日はまた、オリオン座を見上げて、こんな風に思ったものです。
<いつの日か年老いて、この星座を見上げながら青雲の志に満ちていた少年時代のことを思い出すだろうか、来し方を思いどんな感慨を抱くであろうか。>
 私の未来は靄に包まれ、思い煩う日々でした。

 1960年代、オリオン通信教育とオリオン座は、多くの少年達に学問によって才能を開花させれば、その先には洋々たる道が開かれているという空想的万能感を与えてくれました。この空想的万能感こそが、私の「主体的な学び」の源泉でもありました。

 20世紀の半ば、私が少年だった頃、よく耳にした言葉に「故郷に錦を飾る」とか「末は博士か大臣か」などの言葉がありました。また、卒業式に必ず歌われた「仰げば尊し」の二番目の歌詞にも「身を立て名を上げ、やよ励めよ」という一節があります。これらの言説は、20世紀の価値観を体現しているとも言えます。私達が少年の頃、思い描いていた一つの成長過程は、勉学に励み、一流と言われる大学に入り、社会的地位や名誉を得るというものでした。これが、私達の時代を代表する成長モデルであり、価値観であり、そして私を勉学へと駆動させた主体的な学びの正体だったと思います。

 思うところがあって、私は高等学校を自主退学し、大学受験資格検定試験のルートで大学に入学しました。医学の道に進みましたが、ベン・ケーシーのような脳外科医ではなく精神科医となりました。あれから幾星霜、冬になれば、今もオリオン星座は少年達の誰の上にも輝きます。しかし、オリオン社は、1992年に廃業となりました。

 さて、21世紀の最初の15年間が過ぎた今、社会は一層グローバル化が進み、環境、人口問題、紛争、貧困、自然災害など地球上を様々な課題が覆っています。このような世紀において、主体的学びの源泉を何に求めたらよいのでしょうか。21世紀を生きる人間は、主体的学びの源泉を、「立身出世」ではなく、「社会貢献」に向けなければならないと思います。

 私は人類が生き延びるための最大の武器は教育にあると思っています。教育によってヒトは進化し発展してきました。これからも、教育という装置が人類の命運を握っているといっても過言ではないでしょう。皆さんとともに、「持続可能な開発のための教育」という壮大なプロジェクトに取り組んでいきたいと思います。
 本学で多くの新しい出会いをつくり、大いなる人間的成長と学問的発展を遂げられることを心から願っています。

 最後に、昨年17歳でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんの国連での演説(2013年7月)の終わりの部分を紹介し、皆さんの入学をお祝いします。

One child ,one teacher , one book and one pen can change the world . Education is the  only
solution. Education first.(註) 


 

 


 

 

平成27年4月8日

鳴門教育大学長  田中 雄三

 

(註)朝日新聞デジタル版(2015年3月4日)より

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