平成26年度学位記授与式告辞

-学び続ける教員を目指して-

 

 平成26年度の学位記授与式にあたり、鳴門教育大学を代表して卒業生、修了生の皆さんに一言お祝い申し上げます。
 本日、学校教育教員養成課程114名、大学院学校教育研究科修士課程219名、専門職学位課程41名の皆さんがめでたく学位を取得され、新しい出発の時を迎えられたことを心から祝福いたします。大学院修了生の中には、海外からの留学生10名の方々も含まれています。
 そしてまた、この日まで皆さんを温かく見守り、支えてこられましたご家族をはじめ、関係各位に心から敬意を表しますとともに、お慶び申し上げます。

 皆さんはこれから大学というある種社会から守られた時空を飛び立って、世の中に出て行かれます。社会という時空の中を生きていく上では、時には大学で学び得なかった知恵が必要となったり、さまざまなストレスに晒されたりすることがあるかも知れません。そのような時、本学での学びやそこで築いた人間関係が大きな力になることでしょう。
 最初に、私たちにとって大変嬉しい、身近で現実的なお話をします。既にご存じのように、本年1月の文部科学省の発表によりますと、本学は前年度に引き続き、学部の教員就職率が全国第1位という快挙を達成いたしました。鳴門教育大学は、昨年10月に創立33年を迎えましたが、教員養成の目的大学として着実に実りある歴史を刻んでいると言えるでしょう。このことを私たちは、大いに喜びそして誇りに思うとともに、これを常態化し、教員の鳴門ブランドを創っていきたいと思います。

 さて、皆さんが本学で学び研究されたことの集大成は、卒業論文、修士論文、最終成果報告書、作品や演奏として表されているわけですが、その成果は後輩諸君に引き継がれていくものと思います。一つの事柄に情熱を傾けて熱中する期間は、人生の中でもそう再々訪れるものではありません。テーマを掲げ、先行研究を渉猟し、データを集め、分析し、考察して一つの結論を得る、その中に新規性を打ち出すことができれば、論文としては成功です。思えば大変な作業であったと思います。皆さんにとってこれらの成果物は、その作成過程を含めて、一生忘れられない記憶として残るのではないかと思います。

 ところで、2012年8月の中央教育審議会答申において、「学び続ける教員像」の確立が求められましたが、学部や大学院の時に獲得した思考過程を基盤として、今後も継続的に学校現場の今日的課題に取り組んでいかれることを期待しています。
 ここで私の若い頃の研究にまつわるエピソードを一つご紹介します。皆さんが学び続ける教員として活躍し続けるための一助となれば幸いです。

 私は、医学部卒業後、精神医学の専門家を志し、研修医として母校の附属病院に勤務していました。3年間は臨床一筋に研鑽し、プロフェッションとしての臨床的実践力を身につけようと思っていました。
 精神疾患には、理由は定かではありませんが好発年齢というものがあり、ある病気はある年齢・年代に罹患しやすいと言うことが知られています。2大精神疾患と言われる統合失調症(以前は「精神分裂病」と呼称)と感情障害の多くは青年期に発症します。これらの病は、時代や文化の影響をほとんど受けず一定の割合で発症します。ちなみに、統合失調症の発生率は一般人口中0.73%、感情障害のそれは0.4%であると言われています。患者さんの悩みは、精神病理学上の症状を除くと、主に三つあります。一つは就職上の問題、二つは結婚問題、三つは周囲とのコミュニケーションの問題です。いずれも社会との関係性に関わる問題ですが、とりわけ結婚問題は、誰にも、例え身内であっても相談しがたい事柄となっていました。しかし、患者さんとの治療関係が深まっていくと、この難問について相談を受けることが少なくありません。私は、臨床現場でその回答に苦慮していました。何とかある程度のエビデンスを持って、納得すべき回答を患者さんに伝えたいと思いましたが、先行研究は極めて少なく、スカンディナビアと日本に何編かの論文を見出しただけで、とても明快な回答を患者さんに伝えられませんでした。
 精神医学の世界はこの問題を正面から取り上げていませんでしたが、世界的に著名なドイツの精神病理学者、オイゲン・.ブロイラー(1857~1939)は、その著作の中で統合失調症の患者さんの結婚に関して次のように述べていました。「この病気(統合失調症のことです)が、ひとたび確診されあるいは疑われたならば、どんな場合でも、全力をつくして結婚しないように説得すべきである」と。わずかな言及であり、断定的です。E.ブロイラーのこの著作は、精神科医を志す者は誰もが読破しているバイブル的な存在でしたが、ただ一箇所、この結婚問題についての言及には、新米の私といえども腑に落ちないものがありました。この言説には、明確なエビデンスを見出せませんでしたので、私は疑問を持ったわけです。
 そこで私は、結婚している統合失調症の患者さんの事例を集め、自分のデータで検証することにしました。事例の収集は、個人情報に関することも多く困難なものでしたが、この調査研究は、臨床上の要請であると思いました。私にとって初めての臨床研究です。調査の結果、私の出した結論は、結婚は統合失調症の病態にネガティブに作用しないというものでした。このデータを考察し論文化して発表した時、論文への責任感とこれから先の困難を予測しつつも、私は精神科臨床医としてのスタート地点に立てたと思いました。かくして私は、統合失調症の患者さんの結婚に反対しない数少ない精神科医の一人となりました。
 そして、精神疾患患者さんの結婚により必然的にもたらされる次の課題は、向精神薬服用中の患者さんの出産と出生児の催奇形性についての問題でした。この調査研究には、産婦人科医や小児科医と連携した縦断的なフォローアップが必要であり、長い時間を要しました。私は先行研究と同様に、少量の向精神薬では催奇形性を認めないことを確認しました。その後、子どもの心身の発達についても調査しましたが、問題は見出されませんでした。しかし、さらなるフォローアップ・スタディを見てみないと、真実には近づけないだろうと思いました。

 さて、私が精神科臨床を離れて、20年以上の月日が経ちました。今年も何人かの元患者さんから年賀状を頂きました。子どもさんが大学に入ったり、結婚して孫もいる方もおられます。現在のところ、幸いにも私の一連の精神疾患患者さんの結婚に関する調査研究の結果は、ネガティブな方向を指し示してはいません。

 一つの論文を書き終えると、必ず次の課題が見つかるものです。研究はそうして継続され発展していきます。皆さんが本学で学び研究されたことの集大成は、皆さん自身がさらに研究を推し進めていくか、あるいは後輩諸君の研究のヒントとなり引き継がれていくものと思います。本学での学びが「学び続ける教員像」の土台を形作っていることを願っています。
 現在、学校現場を見渡したとき、科学的に解明されるべき課題が山積しています。本学において学んだ科学的思考の枠組み、つまり方法論によって、学校現場のさまざまな課題に取り組み、学び続ける教員として学校教育の改革に貢献して頂きたいと思います。

 最後に、古代ギリシャの哲学者エピクテトスの言葉をお贈りし、お祝いの締めくくりと致します。

「誤った考えをとりのぞくことだ。そうすれば、不幸をとりのぞくことになる。」

 

 

 

 

平成27年3月18日
鳴門教育大学長 田中 雄三
 
<引用文献:飯田真他訳;「E.ブロイラー:早発性痴呆または精神分裂病群」、522頁、 医学書院、1974>
(「早発性痴呆」は歴史的名称であり、「精神分裂病」という診断名は、現在では「統合失調症」に名称変更されている)

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