平成23年度入学式告辞

「我々の自我は素数の如し、だがシナプスを築くことが出来る」

 

 

 ただいま入学を許可いたしました学校教育学部111名、大学院学校教育研究科・修士課程250名、専門職学位課程40名、合わせて401名の皆さん、本学へのご入学を心からお祝い申し上げますとともに、お慶び申し上げます。
 また、この日まで皆さんを温かく見守り、支えてこられましたご家族、関係の方々に心から敬意を表しますとともに、お慶び申し上げます。
 さて、鳴門教育大学は、新構想の大学として、1981年10月に創設された「教員のための」大学、「社会に開かれた」大学です。2004年4月からは、国立大学法人鳴門教育大学として装いを新たにし、今年、創立30周年を迎えるエネルギーに満ちた大学です。
 本学は学部定員400名、大学院定員、修士課程500名、専門職学位課程100名、合計1000名という小規模な大学ですが、教職員はおよそ250名と、多数の有能な人材を擁しており、学生の皆さん一人ひとりのニーズに合わせて、きめ細かな教育研究指導が行える態勢を取っています。

 法人化後、本学は大学憲章を定め、「教育は国の基いである」という理念のもとに、教員養成大学として時代の要請に応えるべく、高度な教職の専門性と教育実践力、そして豊かな人間愛を備えた高度専門職業人としての教員の養成を最大の目標としています。また、四国霊場88カ所の一番札所、霊山寺が鳴門にあることにちなんで、本学を「教育の一番札所」と名付けており、我が国の学校教育に関する研究において先導的役割を果たしていく、出発点となる大学であると位置づけています。
 
 そして、本日、皆さんを新しいメンバーとして迎え、皆さんとともに、「教育」という魅力あるプロジェクトに取り組んでいくことが出来ることを大変心強く思います。

 さて、今年2011年度入学の皆さん、21世紀の最初の10年間が終わり、2011年は次のデケイドに入っています。皆さんは21世紀の真ん中を生き、この世紀の半分以上を担うことになるでしょう。
 ところで、2011という数字を思い浮かべ、皆さんは何を連想されるでしょうか。
この数字は素数なのです。皆さん、よくご存じのように、素数というのは1より大きな自然数で1とそれ自身しか約数を持たない数字のことですが、2011は305番目の素数になっており、その前の素数は2003,その後に続く素数は2017です。一桁の数字で言えば、2,3,5,7が素数になりますが、一桁の素数には、何故か重要な意味付与がなされていることが多く見られます。例えば、3という素数は、三人寄れば文殊の知恵、三本の矢、石の上にも三年、三度目の正直、7で言えば、ラッキーセブン、七福神、七転び八起などです。
 それはともかく、2を別にして、素数と素数の間には奇数という以外、今のところ関連性は見出されません。また、素数がどれだけ存在するのか、素数の出自に何らかの規則性、法則があるのか、そして素数を一列に表す「完全なる素数定理は存在する」のか、これらの問いは数学上の最難関と言われています。そして、素数の出現様態を表す数式を発見できれば、物質の成り立ちや森羅万象が解明されると言われていますが、21世紀は、リーマン予想が証明される画期的な時代になるかも知れません。

 さて、私たち一人一人の人間は、素数のように一個の独立した自我です。何ら必然性、予測性・法則性を持った出自ではありません。そして、AさんはAさんであって、BさんやCさんを包含していないし、逆にまたBさんやCさんの一部でもありません。2×Bさんや、B×Cさんでもありません。それぞれ一個の独立した自我であり、出自に法則性を持たない自我です。素数の世界において、「完全な素数定理」が見出されていないように、最新のブレインサイエンスをもってしても、自我の構造を先見性・規則性をもって描写することは困難です。そういう独立した一個、一個の自我が大学を、地域社会を、世界を形作っています。世界は、いわば素数のような存在の寄り合い所帯といってもよいでしょう。そういう組織が有機的に機能し、目的的行為を遂行していくためには何が必要でしょうか。

 そして、このようなことをお話ししている私は、一体どこでこの精神現象を営んでいるのでしょうか。それは紛れもなく私の脳という臓器です。精神の座は脳にあります。成人の脳重量は、およそ1400グラムであり、その中に約1000億個の神経細胞が詰まっていると言われてます。神経細胞一個一個には、神経伝達物質を介して電気信号を伝える以外、特段の機能はありません。しかし、神経細胞同士が、シナプスといわれる接合部位をつくり、ネットワークを形成し、電気信号の授受を行いながらフィードバックを働かせて、全体として統一した精神機能を営んでいるわけです。
 素数の如き自我は、実は脳に存在するおよそ1000億個の神経細胞のシナプスの総体であり、目的的行為を遂行するためにシナプスという連結器を介して機能しているということになります。そして、自我は神経細胞で成り立っていますが、それが十全に機能するためには、シナプスの発達が必要であるということです。

 このことを本学に当てはめれば、本学にはおよそ1000名の学生と250名の教職員の自我が存在しています。本学が、組織として高度専門職業人としての教員の養成という目的的行為を達成するためには、一方向性ではない、双方向性の関係が重要であると思います。基本的信頼関係の上に立って、双方向的に、しっかりと的確な情報の授受が行われねばなりません。神経細胞間にシナプスが出来て、自我機能が発揮できるように、優れた自我の集まりである本学の組織が、目的的に機能するためには、自我と自我との間にシナプスを構築する必要があります。

 さて、話を元に戻しますが、21世紀の最初の10年が過ぎた今、社会は一層グローバル化が進み、環境、資源、人口、紛争、災害、貧困、経済など地球上の大きな課題の前に、私たちは立たされています。社会がグローバル化し、価値観が多様化した現在、皆さんは、21世紀の真ん中を生きる人間として、この世紀にはどのような価値観が必要だと思いますか。熟考してみて下さい。
 私は、21世紀は「社会貢献」の時代であると思います。個々の幸福の追求を乗り越えて、各自が様々な形で社会に貢献する時代であると思います。21世紀にはそういう生き方が求められているのではないでしょうか。私たちは、教育の分野で貢献しようではありませんか。他の分野と連携しながら教育の領域で、各自がシナプスを作り、世界を一つに結びつけることが、今世紀人類が抱える数々の難問に対して、解決への導きの糸になるのではないかと思います。 

 最後に、皆さんの新しい門出、「出発のとき」に臨み、19世紀半ばのフランスの天才少年詩人、アルチュール・ランボー(1854-1891)が友人ドムニーに宛てた手紙(シャルルヴィル、1871年5月15日)の一節を引用し、皆さんの道しるべにしたいと思います。
 ランボーは、ドムニー宛ての「見者(見る者、ヴォワイヤンと記述されています)の手紙」の中で次のように述べています。
「詩人たらんとする者の第一歩は、全面的に自分自身を知るにある。彼は自己の霊魂を探ね、観察し、試み、識らなければならない。一度びこれを識るや、次にこれを錬磨しなければならない」。この手紙の一句、詩人たらんとする者の箇所を教師たらんとする者に置き換えても、十分通用する言葉ではないかと思います。

 皆さんが、21世紀を見通す「見者、ヴォワイヤン」となって、社会に貢献する自我を目指し、哲学する心を持って学生生活を送られることを切に望んでいます。大学という組織文化の中で、多くのシナプスをつくり、その豊かなシナプスによって、生涯の記憶に残る学生生活を送って下さい。 

 

 

2011年4月7日

鳴門教育大学長  田中 雄三

 

引用文献  堀口大學訳:ランボー詩集、彌生書房、1985(20版)

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