平成21年度学位記授与式告辞

爛漫の春の到来を間近にひかえた今日、鳴門教育大学では、学校教育学部卒業生115人の皆さん、および大学院学校教育研究科修士課程並びに専門職学位課程修了の223人の皆さんが、めでたく「蛍雪の功」成って学窓から巣立っていくことになりました。大学院修了生の中には、中国・ラオス・タイからの8人の留学生の皆さんも含まれています。本日、ご臨席くださった来賓の皆様をはじめ、ご列席のご家族・知人の皆様、ならびに本学職員一同、卒業生・修了生の皆さんの新たなる旅立ちを心から祝福いたします。
 皆さんの中には、この4月から教師として念願の教壇に立つ人をはじめ、公務員や会社員として社会に第一歩を踏みだそうとする人、さらに大学院へ進学して学業を継続させる人、そして夏の教員採用試験に再挑戦を期す人など、その進路はさまざまです。大学院修了生の中には、教壇現場に復帰される現職教員の方や帰国後、母国で活動される留学生の皆さんも少なくありません。鳴門教育大学で共に学びあった人たちがそれぞれの進路に従って、各地、各分野に旅立っていくわけですが、いつになっても鳴門教育大学が皆さんの母校であり、帰るべき「心の故郷」であることを忘れないでほしいと思います。月並みな言葉ではありますが、卒業生・修了生の皆さんの前途に幸多かれと願わずにはいられません。
 皆さんは、昔風にいうならば「蛍雪の功」成って、晴れて「教育学士」「教育学修士」「教職修士(専門職)」の学位を自らの手に収められたわけですが、学位を取得したことは、それで最終ゴールに到達したということを意味するものでは決してありません。むしろ、新たな課題を求めての出発を意味するものだと思います。在学中に取り組んだ課題意識を今後とも大切に暖め、大きく育てていく努力を続けてもらいたいと願っています。
 皆さんは、学業はもちろんのこと、課外活動やボランティア活動にも積極的に取り組み、多くの貴重な体験を積み重ねてきました。ここでは詳しくふれることができませんが、文化部、体育部の各クラブ・同好会とも、いずれも少ない部員で部活動の継続そのものに苦しみながらも、発表会や競技会をとおして、さわやかな感動を私たちに与えてくれました。それらは、必ずしも檜舞台を飾るような華やかなものではなかったかもしれませんが、皆さんの努力や青春の息吹が一つの地下水脈となって、鳴門教育大学の歴史と伝統作りに一層の厚みを付け加えてくれるものと考えています。
 ところで、鳴門教育大学が国立大学法人として新しい歴史を踏み出し、6年の歳月が経過し、この3月でいわゆる第1期中期目標期間が終わります。そして、4月からは新しく第2期中期目標期間の6年間がスタートします。大学にとっては大きな節目の春を迎えることになります。そうした中で、私たちは本学が目指すべき方向として、本学の大学憲章にうたわれた「教育は国の基である」という理念のもとで、時代の要請に応えるべく、高い専門性と確かな力量を備えた高度専門職業人としての教員の養成を主眼とした目標を設定しました。本学は、その名が示すように教育に関する専門大学です。したがって、本学はなによりも確かな実力を身につけ、かつ人間的な魅力を兼ね備えたすぐれた教員を育てあげて、社会に送り出すことが大学の最大の使命であることを再確認したものです。
 いま、わが国では、急激な社会変動の中で、教育をめぐってもさまざまな問題や課題が次々に起こっています。そうした中で、あらためて学校教育の在り方やそこでの教師の資質・能力、教師の果たすべき役割、「教師力」といったものが問われているのではないかと思います。鳴門教育大学で教育とは何たるかを深く学び、かつ鍛えられた皆さんには、日本のこれからの教育を先導していく社会的な使命が付託されていると思います。そして、そのために必要な資質、能力は鳴門教育大学での学生生活の中で十分に準備されたと、私は確信しています。
 本日、学窓を巣立っていく院生の中には、専門職学位課程(いわゆる教職大学院)の「花の一期生」35人の皆さんが含まれています。教職大学院は、現在の学校教育が抱えているさまざまな教育課題や問題に対して的確に対応できる幅広い実践力や問題解決能力を備えたスクールリーダーや新人教員の育成をどう実現するかという切実な課題を背負って2年前にスタートしたものです。過日、教職大学院の成果報告発表会があり、私も傍聴させていただきましたが、皆さんの発表を聴きながら、教職大学院に求められている課題はここ鳴門教育大学において着々と実現されつつあるということを、私は実感として感じました。鳴門教育大学で育まれた種が、この春、はじめて全国の各地に帰っていくわけですが、どうか鳴門でつちかった課題と実践力をこれからもそれぞれの地域や学校において大切に育て上げ、大きな果実を実らせるように努力を積み重ねて行かれることを期待しています。 さて、卒業生・修了生の皆さんはこれから各自の道を歩んでいくわけですが、皆さんは、最高学府で学んだ人間として、自らを律していくことはもちろんのこと、それぞれの地域や学校にあって良識ある指導者として他を導くような存在になってほしいと思います。さらに言うならば、一人の人間として大切にしなければならないこととは何か、人間が人間らしく生きることができる平和で安全な社会や地球環境をつくり出していくために、自分に何ができるのだろうかーこんな命題にも、思いをめぐらせることのできるような心をいつまでも忘れないで歩んでいって欲しいと思います。
かつて、作家の大江健三郎さんは、現在を生きる若者に対して、自らの「倫理的想像力」を鍛えることの大切さを訴えました。
 この場合、大江健三郎さんの言う「倫理的想像力」とは、現実からかけ離れた夢想や幻想ではなく、今、自分たちが生きている現実を未来へつなげる形で平和なものに作り替えようと願い、そしてその平和な社会を構想する力だと言っています。言い換えれば、現在、私たちが生きている社会や秩序を批判的、現実的に見つめ直し、未来に向かって人間らしい平和な社会や人間関係を構築しようとする想像力であるといえるでしょう。大江健三郎氏は、特に明日を担う若い人たちに、この現実の社会をどのように人間らしいものにつくりかえていくかという「倫理的想像力」の上に立って物事を判断し、明日に向かって意志的に生きていってほしいと主張しています。
 ところで、皆さんは、小柴昌俊さんという物理学者をご存じでしょうか。小柴さんは、宇宙から放出される未知の素粒子・ニュートリノを初めて発見して宇宙物理学の発展に計り知れない貢献をした、その功績によって2002年にノーベル物理学賞を受賞しました。小柴さんは、岐阜県の山奥にある、かつて銀などを掘り出していた神岡鉱山の地下約千メートルのところに巨大な水を蓄えたタンクをつくり、カミオカンデと呼ばれるその観測実験装置ではるか宇宙のかなたからの超新星ニュートリノをキャッチすることに成功しました。
 小柴さんは、最近、岩波書店から出版された『ニュートリノの夢』という若い世代を対象とした書物の中で、若い人たちが自らの人生を誠実に生き、その過程で自分自身の「夢」(課題)を見つけ、その夢を大切に育てていくことの意義を熱っぽく語りかけています。若い人たちが他律的に生きるのではなく、若いうちに物怖じしないでいろんなことに挑戦し、体験してみて、その中から「あ、これならやれる」「これならやりたい」と実感できるものを見つけ、それを大事に大きく育てていくことの大切さを自らの経験に即して語り、また、若い人たちが自分自身の行き方について本気になって考え、本気になって生きていくことを訴えています。ちなみに、今、小柴さんは新しい巨大な実験装置・ニューカミオカンデに遠く茨城県つくば市からニュートリノビュームを打ち込んで、素粒子ニュートリノの正体に迫ろうという壮大な実験に取り組んでいるということです。当年84歳、小柴さんの夢追い人生はまだまだ続くようです。
 さて、私事にわたりますが、私はこの3月で皆さんと同じように、鳴門教育大学から去っていきます。したがって、これからは、私自身、渇望してやまなかった「自由の境遇」に身を置くことができるようになります。私は歴史学研究を志してきた人間ですので、これまで学長時代には胸の奥底に封印してきた「古文書の世界」に帰っていきたいと考えています。私には小柴さんのような大きく輝く「夢」ではありませんが、歴史研究によせるささやかな夢があります。それは、私自身の原風景でもあるわが国の山村の歴史について、私の生まれ育った地域に残された豊富な古文書やその他の記録類を駆使して著述したいという夢なのです。わが国の山村社会は、時の権力者によって常に踏みつけられながら、日本の近代化をその底辺部で支える役割を果たしてきましたが、市場原理に基づく現在の格差社会にあっては、「限界集落」の言葉とともに歴史の中から抹殺されようとしています。私たちの父祖が山村の風土の中でどのような歴史を生き抜き、また、日々の暮らしの中でどのような生活文化を育んできたのか、幕末維新期以降のわが国の近代化の大きなうねりの中で山村の歩んできた歴史を著述するという夢を、この手につかむべく今後、努力を傾けていきたいものと考えています。
 私自身に、後どれくらい健全な頭脳活動を続ける時間が残されているのか、甚だ心許ないのですが、自分に与えられた時間を、大江健三郎さんや小柴昌俊さんのように、私も意志的、目的的に生きていきたいものだと強く願っています。
 私たちが生きる社会は、困難と矛盾に充ちた、ともすれば生きる意味や価値を見失いがちな社会でもあります。それだけに、皆さんは本学で学び取った知の体系に拠りながら、この困難な時代を一歩一歩と自分を見失うことなく歩いていってほしいと思います。大江健三郎さんの言う「倫理的想像力」を自らの内に鍛えながら、また、小柴昌俊さんの言う自分自身が見つけた夢を大事に育てながら、自分の人生をしっかりと見つめ、そして他者への思いやりや未来、平和への希望を見失うことなく、誠実に歩み続けていってほしいと願っています。
 最後になりましたが、夏の教員採用試験に再挑戦する皆さん、どうか初志を曲げることなく、自分は是が非でも教職に就くんだという気概を忘れずに、綿密な準備を整えて果敢に挑戦してほしいと思います。栄光が皆さんの頭上に輝くことを祈っています。   
 春3月は旅立ちの季節、若い皆さんの前途に幸多かれと祈念しながら、私のはなむけの言葉とします。

                                 平成22年3月18日

                                      鳴門教育大学長
                                            高 橋  啓