平成21年度入学式告辞

  光あふれる春が訪れてまいりました。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。 春爛漫の今日、私たちは、113名の学校教育学部入学の皆さんと230名の大学院学校教育研究科入学の皆さんを迎え入れることが出来ました。 大学院入学生の中には、中国、韓国、台湾、ラオスなどからの12名の留学生の皆さんも含まれています。未来への限りない可能性を秘めた若い皆さんのご入学を鳴門教育大学は心から歓迎いたします。 ご臨席下さった来賓の皆様をはじめ、ご列席のご家族・知人の皆様とともに、教職員一同、皆さんのご入学を心から祝福いたします。

  さて、この春、全国の国立大学は、本学を含めて法人化6年目という一つの大きな節目を迎えました。来年度からは、新しく法人化第二期の6年間がスタートします。 そうした中で、文部科学省は、各大学に対して大学の個性化、大学の機能別分化を促す施策を強く打ち出しています。鳴門教育大学は、今後の大学の歩むべき方向として、本学の大学憲章に掲げられた「教育は国の基である」という理念のもとに、時代の要請に応えるべく、高度な教職の専門性と教育実践力、さらに豊かな人間愛を備えた優れた教員の養成を最大の目標とするとともに、あわせて学校教育を中心とする先端的実践研究を推し進め、わが国の教員養成における先導的な役割を果たすことを基本方針として定めています。私は、大学の力を挙げてこの目標の実現に向けて努力を傾けていく所存であります。
  ここで、本学の歴史を簡単に振り返ってみますと、本学が創立されたのは1981年(昭和56)のことでした。 今から28年前、本学は、これからの日本の教育をリードしていくための中核となる、いわゆる新構想の教育大学、「教育に関する専門大学」として船出をしました。 2年後には、本学は創立30周年という記念すべき節目を大学の歴史に刻むことになります。人間の一生にたとえるなら、まさに「疾風怒濤の時代」、夢多い青春の真っ直中を生きている、春秋に富む大学であるといえるでしょう。 それから現在に至るまで、鳴門教育大学は数多くのすぐれた人材を社会に送り出してきました。
  そうした中で、私たちが常に心してきたのは、学生たちが教師として要求される専門的な高度な知識や技術、実践力を身に付けるだけでなく、何よりも教師としての豊かな心をはぐくんでいくということでした。 教育という営みは、教師と子どもとの人間的なふれあい、信頼関係の上に築かれるものと思います。 深い専門性に裏打ちされた人間性豊かな教師をいかに育成していくか、本学に課せられた最も大切な使命であると考えています。 本学ではそうした人づくりを大切にしながらこれからも歩んでいきたいと願っています。
  学部へ入学された皆さんの多くは、将来、教師の世界に進もうという熱い希望を抱いて、本学の門を叩いたものと思います。 私たちも皆さんの夢を実現させるために、できるだけの支援を行いたいと考えています。幸い、教員採用状況は長い冬の時代を通り抜け、大都市を中心に好調を維持しています。 そうした中で、本学は、学生の皆さんの誠実な努力と教職員が一丸となった支援体制のもとで、昨年度の学部卒業生の教員採用状況は全国の教育系大学・学部の中でベスト5に輝きました。 新入生の皆さんも、先輩たちの後に続いてほしいと願っています。
  学部入学生の皆さんは、おそらく高校時代には、定められた教科書を使って、先生から与えられた知識をいかに効率的に吸収していくかという、枠にはまった勉学に慣れ親しんできたと思います。そうした受動的な勉学は一概に否定されるべきものではありませんが、大学における学びは、自分自身が課題を設定して、その課題を解明するのに必要な方法や手がかりを先生の指導や多くの文献類に導かれながら自らが探求し見出していくという、主体的な勉学が何よりも要求されていると思います。
  大学院に入学された皆さんの多くは、すでに大学院で自らが探求すべき課題や問題意識をお持ちのことと思います。 本学の大学院は、現職教員から進学してきた人、学部から進学してきたいわゆるストレートマスターの人たち、社会人からの進学者、そして外国からの留学生と、さまざまな環境、さまざまな年齢層の人たちが鳴門教育大学に一堂に会するという、特色があります。 どうかそうした本学大学院のメリットを活用して、お互いに切磋琢磨し、実り多い学生生活を過ごされることを期待しています。 
  鳴門教育大学の附属図書館には、特別貴重資料として「大村はま文庫」が大切に保存されています。「大村はま文庫」は、「百年に一人の教育実践家」といわれ、生涯一国語教師として子どもたちにきびしいけれども、慈愛にみちた眼差しをそそぎ、子どもたちの書く力、話す力、そして自己学習能力を育んできた大村はまの優れた教育実践資料や文献類の数々が本学に寄贈されたものですが、そこには、大村はまが永年にわたって指導してきた教え子たちの2000点に及ぶ珠玉のような貴重な学習記録類も含まれています。『教えるということ』(筑摩書房)という書物の中で、大村はまは「教師の資格」と題して次のように述べています。少し長文ですが、紹介してみましょう。
  私は、「研究」をしない教師は「先生」ではないと思います。 …「研究」ということから離れてしまった人というのは、年が二十幾つであったとしても、もう年寄だと思います。つまり、前進しようという気持ちがないのですから。 それに、研究ということは苦しいことです。ほんの少し喜びがあって、あとは全部苦しみです。 なぜ、研究をしない教師は「先生」ではないかと申しますと、…子どもというのは、一歩でも前進したくてたまらないのです。 そして、力をつけたくて、希望に燃えている。その塊が子どもなのです。 …研究をしている教師はその子どもたちと同じ世界にいます。 研究をせず、子どもと同じ世界にいない教師は、まず「先生」としては失格だと思います。
  子どもと同じ世界にいたければ…自分が研究をしつづけなければなりません。 研究の苦しみと喜びを身をもって知り、味わっている人は、いくつになっても青年であり、子どもの友であると思います。 …いっしょに遊んでやれば、子どもと同じ世界にいられるなどと考えるのは、あまりに安易すぎませんか。そうではないのです。 もっともっと大事なことは、研究をしていて、勉強の苦しみと喜びをひしひしと、日に日に感じていること、そして、伸びたい希望が胸にあふれていることです。 私は、これこそ教師の資格だと思います。
  子どもたちに寄り添い、「生涯一教師一研究者」であることを自らが真摯に実践してきただけに、大村はまの言葉は、私たちに強い説得力をもって語りかけてまいります。教職の道を志す皆さんには、将来に向けて自らの教育実践を鍛えていくためにも、自らが探求するべき課題を持続的に持ち、生涯かけてそれと向かい合い、勉強することによって自らを鍛えていくという真摯な姿勢が、これからは特に要求されるのではないかと思います。「よい教師は、同時によい学び手であり、よい研究者でもある」、そんなイメージが私には浮かんでまいります。教職を志す皆さんには、時としてこうした学問をする苦しさ、さびしさ、学ぶことのきびしさ、面白さを実感することが求められているのではないかと、私は考えています。 
  考えてみますと、現在、教師に求められる資質能力は多岐にわたりますが、その根幹をなすものは、やはり自らが担当する授業内容に精通した高い専門性にあると思います。 そういう意味で、皆さんが本学での学生生活をとおして、自分の選んだ専門分野に関して、大村はまが指摘するように研究的な姿勢を我がものとして、しっかりとした知識や洞察力を身に付けてもらいたいと強く希望します。 
  さて、新入生の皆さんはこれから鳴門教育大学で学生生活を送ることになりますが、学生生活において、皆さんは専門的な勉学だけではなく、知的好奇心を大いに駆使して、さまざまな分野に挑戦していってほしいと思います。これまで読みたくても手にすることができなかった文学書に親しみ、読書する楽しさを存分に味わったり、美しい音楽や絵画を鑑賞したり、あるいは、サークル活動やボランテイア活動に青春の情熱の限りを託すなど、さまざまな知的体験やわくわくするような感動をとおして、感性豊かな自分の世界を創り出してもらいたいと思います。そうした体験や感動を積み重ねていく中から、人間としてのやさしさや謙虚さ、しなやかな感性もつちかわれるのではないかと考えています。特に、将来教師をめざす皆さん方にとっては、教育の世界に小さく凝り固まっていくのではなく、自らの既成の価値観をくつがえすような異文化体験を数多く積み重ねることが求められているのだと思います。 
  私たちが生きている現代社会は、政治も経済も出口が見えない混迷の中にあります。 こうした閉塞的な状況に対しては、市場原理と競争主義を標榜した新自由主義的な行き方の挫折を示すものではないかという指摘もなされています。 物質的な豊かさや「物の価値」を至上なるものとして肥大化を続けてきた現代社会に大きな歪みが生じつつあります。 いま、私たちに求められているのは、物質的な豊かさをひたすら追求することではなく、人と人とのつながりを大切にする人間としての「心の豊かさ」であるといえるでしょう。 入学生の皆さんには、自分の人生をしっかりと見つめ、そして、他者への思いやりや未来への希望を見失うことなく、この困難な時代をしっかりと意志的に歩んでいってほしいと願っています。
  鳴門教育大学のキャンパスに、生命力あふれる春の季節が到来しました。 そうした自然の息吹の中で、皆さんの若い情熱とエネルギーがこの美しい高島キャンパスに満ちあふれることを願っています。 皆さんが、鳴門での学生生活の中で試行錯誤を繰り返しながら、その中で自らの進むべき確固とした世界を見出すことを切に期待しています。 若い躍動感と未来への無限の可能性を秘めた皆さんの前途を祝福したいと思います。 皆さんが心身の健康に留意され、実り多い学生生活をこの鳴門教育大学で送られることを心から祈念して、学長告辞をおわりといたします。

鳴門教育大学長
高 橋  啓
最終更新日:2009年04月08日

お問い合わせ

総務部総務課総務係
電話:088-687-6014