平成28年度学位記授与式告辞

「音楽が聞こえてくるような対話を」

 

 平成28年度の学位記授与式にあたり、鳴門教育大学を代表して卒業生、修了生の皆さんに、一言お祝い申し上げます。

 本日、学校教育教員養成課程104名、大学院学校教育研究科・修士課程215名、専門職学位課程52名の皆さんがめでたく学位を取得され、新しい旅立ちのときを迎えられたことを、ご来賓の皆様ならびに本学教職員とともに、心から祝福いたします。大学院修了生の中には、10名の海外からの留学生も含まれています。

 そして、これまで皆さんを温かく見守り、支えてこられましたご家族や関係者の皆様に心から敬意を表しますとともに、お慶び申し上げます。

 

 さて、教師や臨床心理士など、教育に携わる者は、自らの経験を仕事に活かしていくことは、とても大切です。しかし、自身の経験だけに頼ったり、信念が強固になると、目の前の子どもや出来事に、新鮮な気持ちで対応できなくなる恐れがあります。

 経験の質を高めて、より良い実践を行うためには、知識や理論を学ばねばなりません。そして、「リフレクション」、省察、熟考、反省と訳されていますが、つまり自発的に自らの経験を振り返り、見つめ直し、これからの自分に活かそうと前向きによく考えることが大切です。まさに「理論と実践の往還」であり、皆さんが本学で学んでこられたことです。

 さらに人間として成長するためにも、一人で省察するだけでなく、他人と語り合うことも大切です。皆さんは、本学に在学中、多くの人と様々な出会いがあり、その人たちと様々なことを語り合い、そして語り合う中で省察されてきたことだと思います。

 

 本学の学部も大学院も授業では、様々な意見を出し合い、話し合い語り合う「ディスカッション」を基本にしています。そして、賛否対立した討論をする「ディベート」や、自由に意見を出し合う「ブレーンストーミング」も有効です。また、「雑談」も人間関係を築くうえで大切です。しかし、本学で何より大切にしているのが「ダイアローグ」、対話です。

 

 また、皆さんご存じのように、この2月に、次期学習指導要領の改定案が公表され、「主体的・対話的で深い学び」いわゆる「アクティブ・ラーニング」が、非常に重要なキーワードとなっています。まさに、学校現場において「対話」こそ、学びにおける基本として脚光を浴びています。

 しかし、対話について、どれほどの人が理解しているのでしょうか。

 

 ここで、対話にまつわる私の思い出話をします。

 2年前の冬に、本学の長島真人(まこと)先生とともに、フィンランドに出張し、タンペレ大学との交流協定を締結してきました。そして、大学訪問の合間に、シベリウスの家に訪れたりもしました。

  本日のこの学位記授与式に先立ち、山田啓明(ひろあき)先生の指揮で本学のフィルハーモニー管弦楽団による、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」の記念演奏が行われましたが、昨年までこの指揮をされていたのが長島先生です。

 ほんの数日の出張でしたが、長島先生と私は、雑談から対話まで様々なレヴェルで,様々なことを語り合いました。

 しかしながら、話し合わねばという緊張感はなく、互いに気の置けない同僚として、沈黙のときも共有できる、まさに二人で一緒にいて安心して一人でいられるような間柄でした。冬の寒いときでしたが、先生と一緒にいて暖かい気持ちでおれました。

 

 授業における対話についても話題になりました。

 教師が、子供たちが話し合うことだけでよしとするなら、深い学びには至らない。逆に、深い学びを求めすぎると、子供たちの話し合いが、互いに相手を傷つけることもありうる。さらに、一部の子供たちの独擅場となり、こどもの人間関係において上下関係が生まれ固定化する恐れがある。

 そうならないためにも、まず、対話とは何かを教師も子供もお互いに理解しておかねばならない。

 

 

 ソクラテスの対話法やヘーゲルの弁証法をもとに、対話についてまとめると次のようになる。真理を前にして、互いに対等の立場で無知を自覚し学ぼうというのが、対話の精神である。そして、その進め方として、正反合の弁証法的プロセスを踏む。つまり、テーゼ・意見に対して、アンチテーゼ・反対意見を出し、それらをアウフヘーベン・総合する意見を見出す論理的過程である。

 要は、勝ち負けを競うのではなく、お互いに平等で協力し合い、さらに高い真理を目指すという気持ちで、恥ずかしいと思わずに意見が言えたり、対決を恐れず違う視点から意見が言えることが重要である。

 まさに、対話は民主主義の根幹である。

 このようなことを、二人で話し合った後、長島先生の次の話に、私は心地よいショックを受けました。

 対話の底には、二人の話の通底するところには、音楽がある。よき対話には、良き音楽が聞こえてくる。つまり、対話をしている二人の間には、共感や共鳴という音楽的交流があり、お互いが心地よい気持ちになる。本学を卒業や修了して教師になったとき、子供たちとの間に音楽的な交流のある授業をしてもらいたい。

 このようなことを、長島先生は言われました。

 

 皆さんご存じのように、長島先生は昨年の10月22日に亡くなられました。先生が、もし今、この講堂におられたら、いつものあの暖かい笑顔で、「山下先生、よく覚えてくれていましたね」とおっしゃっていただけるのではないかと思います。

 

 どうか、皆さん。

 音楽が聞こえてくるような対話を目指して下さい。

 そして、音楽的交流のある授業を目指して下さい。


 

 

平成29年3月17日

鳴門教育大学長  山下 一夫