大村はま先生について

 
大村はま氏は,東京女子大学卒業後1928年(昭和3)年に長野県諏訪高等女学校へ赴任し,東京府立第八高等女学校を経て,第二次世界大戦後は,新しく発足した中学校へ転じて, 1980(昭和55)年まで-73歳10ヶ月まで-公立中学校の現職教諭であり続けた。以後も,25年間,2005年4月(98歳10ヶ月)まで,「二十一世紀の国語教育」への提言を全国各地で続けた。
中等国語教育の実践・研究者としての大村はま氏は,昭和の始めから,作文・書くことの指導を中核として学習者の思考力・自己学習力の育成をはかってきた。戦後は進んで新制中学校に移り,机も椅子も,教科書も黒板もない<教室>で,新聞・雑誌の切り抜きを学習材に,ほんものの国語の力をつける「大村単元学習」を開拓してきた。その教室の記録について,「次の時代をみつめて,新しい方法を冒険的に開拓し,奮闘した実践の記録であり,その実践による提案です」と語っている。
こうした開拓者精神に基く実践によって,氏は「大村はま国語教室」全15巻別巻1(筑摩書房),「大村はまの国語教室 1-3」(小学館),「教室をいきいきと 1-3」(筑摩書房),「授業を創る」「教室に魅力を」(ともに国土社)などにうかがえるようにな独創的な国語教室を営んできた。
大村はま
氏は,「教えるということ」(1973.11 共文社刊)のほか,NHKテレビ「教える」,「私の自叙伝 -教えつづけて50年-」,「訪問インタビュー」などにおいて,専門職としての教師はいかにあるべきかを提言し,教職に携わる人ばかりでなく,多くの有識者の共感をえてきた。大村はま氏の近代の国語教育史上に類例をみない独創的な実践に対して,心理学者で世界の国語教育に詳しい波多野完治氏は「100年に一人の実践家」と語っている。
1995年大村はま氏は,永年にわたって単元学習を中核として指導してきた教え子の方々の学習記録,及び,指導記録・指導資料類,ならびに実践・研究のため収集した文献を鳴門教育大学図書館に寄贈下さった。
本学図書館では寄贈を受けた学習の記録約2000冊,単元学習実践資料約500点,文献6300冊を「大村はま文庫」と名づけ,教科教育実践学研究の貴重な資料として学内外の利用に供している。
なお,利用される方の便宜のため,日本十進分類法による分類だけでなく,「大村はま文庫」特殊分類表を作成し,実践研究テーマによる検索も可能となるように整理を進めている。
橋本暢夫第6代附属図書館長


大村はま先生を悼む

二十一世紀の国語教育への提案  -「自己学習力」の育成-
2005(平成17年)4月,亡くなる三日前,『大村はま国語教室の実際 上・下』(溪水社)の最終校正が終ったことをお知らせすると,「うれしいわ。六月初めに出るのね。山形での講演の後,もう一度鳴門へ行って大村文庫の『学習記録』や若い院生の方々にお会いしたいわ。」と話しておられたお声が今も耳朶に残る。
大村はま先生は,優れたことばの使い手は,優れた人格のもち主であるはずとの信念のもとに,現在の学習者が,一人で社会を生き抜いていける言語生活者に育てることをねらいとしておられた。大村教室では,教材がその学習者に合ったもので,指導もまた適切であるため,一人ひとりが自分の力いっぱいに読み,調べ,書き,話し合っている。ほかの人と比べてできるとかできないとかが頭に浮かばない体験のなかで学習にひたっている。そのためのさまざまな工夫が二十一世紀の国語教育創造への提案となっている。
その独創的な工夫は,教室での子どもは常に一人ひとりとしてみるべきであるとの考えから生み出されている。画一的な教育と無縁の,学習者の心に寄り添った営みは,一人ひとりの言葉の力・学習中の心の動きのすべてを,工夫された「学習記録」によって捉えることで可能となる。
聞く力が学力の基底であるとの考えにたつ大村はま先生は,常に整然とした話をして生徒の頭を論理的に練っていかれる。不断,明晰に考えるよう鍛えられた頭は,その内容を記録に残し,読解力を伸し,意見を育て,関心をもつべきものに関心をもち,人間としての生き方を深めていく。
鳴門教育大学に遺された二千冊の学習記録は,この活動が自己をみつめさせ,「自己評価力」を育てる学習となっていることを示している。自己評価力が育てられ,自己の学習の成果と課題を自覚した学習者は,自らの課題を克服しようと「自己学習力」を発動して次の学習に取り組んでいく。大村先生は現教育界で模索されている「自己学習力」は「自己評価力」を育てることによって一人ひとりの学習者の身についていくことを実践によって示してこられた。
波多野完治博士が,「世界に類例を見ない母国語教育の実践記録」と絶賛された「全集」十六巻の刊行をはじめ,七十年以上にわたって,教育界への提案を続けてこられた大村はま先生のみたまに謹んで哀悼の意をささげます。
 
最後に,遺筆となった詩文を掲げる。現在の教育界の問題点について,訴えずにはおられなかった大村はま先生の思いが現れた詩である。亡くなる直前まで推敲を重ねられた「優劣のかなたに」は机の上に残されていた。
優劣のかなたに pdf(6.61KBytes)
橋本暢夫第6代附属図書館長