所長だより038 「子どもの言葉への翻訳」

2015年12月16日

 今年は、いじめ問題についての講演のご依頼をたくさんいただいた一年でした。

 いじめ問題についての講演では、私はよく、所長だより022でご紹介した、山下一夫先生の『依存と自立のサイクル』について話します。「師匠」の山下先生から譲り受けた(と勝手に考えていますが)“大ネタ”『依存と自立のサイクル』は、これまで何度となく話してきましたが、回を重ねる中で少しずつアレンジを加え、私なりの“鉄板ネタ”に育ててきました。そして、いじめ問題だけでなく、生徒指導・教育相談に関する講演でも、児童生徒理解の前提となる人間論として、『依存と自立のサイクル』を話すこともありました。

 その多くは先生方対象の研修会で、その他には保護者の方々、中学校の生徒さん、高校の生徒さんを対象にお話しさせていただくこともありました。

そんな中で、先日、ある小学校の児童の皆さんと先生方、保護者の方々を対象に講演させていただく機会がありました。いつもの組み立ての話しを軸にして…と考えていましたが、当日の少し前になって、ふと気づきました。私はこれまでは、小学生の子どもさんを相手に話す機会はあまりありませんでした。ですので、講演用のスライドも、先生方、保護者の方や中高生を念頭に置いたものでした。しかし、そのままでは、小学校(特に低学年の)子どもさんには難しくてわからないのではないだろうか。

そこで、急遽、「子どもの言葉への翻訳」の作業に取り組むことになりました。できるだけ平易な言葉で、そして、スライドは仮名表記もしくはフリガナを付けて…。時間の制約がある中で、あわてましたが、そのうちに、この「翻訳」はなかなかおもしろい作業だと感じました。

そもそも、「依存」も「自立」も、小学生には難しい言葉です。そこで、私は

  依存だれかとあんしん

  自立ひとりでがんばる

と翻訳しました。そして、乳児期・幼児期、児童期、青年期、壮年期・老年期の、それぞれの段階における、依存対象となる安心基地については、

   あかちゃんや子どものときの「だれかとあんしん」の“だれか”は、おかあさん

   おにいさん、おねえさんにとっての「だれかとあんしん」の“だれか”は、なかま

と説明することにしました。(子どもたちの中には、母親不在の家庭で育った子や被虐待児がいるかもしれないので、それを念頭に置いた補足説明も準備しました。)そして、壮年期・老年期における安心基地が、宗教的なものになっていくことについては、遍路文化における同行二人(どうぎょうににん)の考え方、すなわち私(お遍路さん)とお大師様の二人で巡礼するという考え方を紹介しながら、

   おとなにとっての「だれかとあんしん」の“だれか”は、かみさま

なんだよと話すことにしました。

 「子どもの言葉への翻訳」作業を進める中で、「わかりにくい専門用語、難しい修辞」を排して「平易な言葉、普通の表現」に置き換えるということは、実は、元の文章・言葉の内容を本当の意味でどこまで理解しているのかが問われる作業でもあると思いました。そして、河合隼雄先生が、一般書では、臨床心理の鍵概念である「無意識」をはじめとする専門用語は一切使わずに、臨床心理学の基本的な考え方を見事にわかりやすく表現されていたことを思い出しました。

 私は、講演のしめくくりに、よく、歌を使います。職員研修や中高生対象の講演では、徳島が生んだシンガーソングライターのアンジェラアキさんの『手紙~拝啓十五の君へ~』を使うことが多いですが、小学生の皆さんには、少し難しいのではないかと思いました。そこで、あれこれと曲を探す中で、「BELIEVE」を選びました。

 当日、まとめのスライドには、

   しんじてください

 あなたの みらいには

 あなたを あんしんさせる 

 だれかが かならず います

と書きました。そして、

「英語活動で、“みらい”は英語で何というか習いましたか?」

futureという声あり)

「ありがとう。すごい。そうですね。それでは、“信じる”は英語では?」

believeという声あり)

「そうですね。ありがとうございます。」

I believe in future …、そう、皆さんが知っている『BELIEVE』という曲に出てくる言葉ですね。」

「それでは、皆さん、横のおともだちと手をつないでください。そして、ちいさい時の“おかあさん”のぬくもり、幼稚園や学校の“おともだち”のぬくもり、そして、今はまだ皆さんには見えないけれど、皆さんが未来に出会う“かみさま”のぬくもりを感じながら、最後に、『BELIEVE』をみんなで一緒に歌いましょう。」

と声をかけました。私は学校現場では高校教員だったので、このようなトーンで話すことには慣れておらず、また小学生がどのように反応するが予測できず、少し不安もありましたが、子どもたちは、素直に、大きく口を開けて、手をつなぎながら、精一杯歌ってくれました。嬉しかったです。こうして、私にとっても新たな「安心」の経験となった講演を終えることができました。

 

 「BELIEVE」(歌詞抜粋)

 

たとえば君が 傷ついて   くじけそうに なった時は

かならず僕が そばにいて  ささえてあげるよ その肩を

 ・・・・・・・

悲しみや 苦しみが いつの日か 喜びに変わるだろう

I believe in future 信じてる

 

もしも誰かが 君のそばで  泣きだしそうに なった時は

だまって 腕をとりながら  いっしょに歩いて くれるよね

 ・・・・・・・

憧れや いとしさが 大空に はじけてひかるだろう

I believe in future 信じてる 

 

 

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