所長だより007 「平均に還元しない」

2015年5月13日

 5月12日の徳島新聞におもしろい記事がありました。「箭内道彦の広告生活」というコーナーの「いつも新しくありたい 大先輩のコピーに学ぶ」という記事です。

十数年前、17歳の少年犯罪が続き、マスコミが「また17歳か」と書き立てる中、クリエーティブディレクターの箭内さんは、全国の17歳を応援したいと思い、携帯電話の広告で「がんばれ17歳。」というコピーを考えたそうです。でも、ちょっとストレートすぎて逆に弱いと感じた箭内さんは、コピーライターの大先輩の秋山晶さんに相談したそうです。一週間後、秋山さんから手渡された紙には、こう書かれていたそうです。

「ふつうの17歳なんかひとりもいない。」

 箭内さんは、「こころがふるえました。これがコピーなのだ、そう思いました。『何を言うか』だけじゃまだ足りなくて『どう言うか』が大切なのだ。あらためて強烈に痛感した瞬間でした。」と述べておられます。

「ふつうの17歳なんかひとりもいない。」、私は、コピーとして秀逸であるだけでなく、深い人間観を表している言葉だと思いました。この短いフレーズは、

  *100人の17歳がいたら、100通りの物語があるものじゃないのか?

  *「ふつうの」「健全な」17歳なんて、世間が勝手に想定しているだけじゃないのか?

  *17歳って、いろんな困難に直面する、難しい年齢じゃないのか?

などのニュアンスで、見事に、若者への俗っぽい眼差しの問題点を指摘しているように思います。

 社会学者の上野千鶴子さんが、フランスの主婦再就職準備講座「ルトラヴァイエ」の創始者シュルロさんにインタビューし、「受講者の平均的属性は?」と問いかけたとき、シュルロさんは、こう答えたそうです。

「受講生は一人一人、生活歴も、家族構成も、動機づけもちがいます。その人一人一人にいちばん見合った再出発のための手助けをしてあげるのがルトラヴァイエの目的です。私は彼女たちを平均に還元するということをしません。」

≪上野千鶴子・中村雄二郎(1989)「〈人間〉を超えて」≫

 私も、シュルロさんを真似て、今度、「鳴門教育大学の学生は、どんな学生さんたちですか。」と尋ねられたときには、ちょっと格好つけて、

「学生たちは、一人一人、生活歴も、家族構成も、動機づけもちがいます。私は学生たちを平均に還元するということをしません。」

と答えてみたいと思っています。「一人一人の児童生徒の人格を尊重する」(生徒指導提要)という生徒指導の鍵概念を大切にしていることがよく伝わる、素敵な言葉ではないでしょうか。