所長だより002 「優しくて厳しい教師」

2015年4月8日

 前回は、センターWebページのキャッチフレーズ「子どもの心と大人の知恵で、優しくて厳しい教師を共にめざして…」の前半部分についてご説明いたしました。今回は、後半の「優しくて厳しい教師を共にめざして…」に込めた願いをご説明します。

 「生徒指導」は一般的に「Guidance and Counseling」と英語表記されます。本センターの英語表記名も、「Center for School of Guidance and Counseling」となっています。

私が担当している学部の「生徒指導論」の授業で、「生徒指導」という言葉から連想することを学生たちに書いてもらうと、<非行・問題行動への対応> <遅刻・欠席に対する指導> <服装指導> <給食指導> <校門での立ち番> <集会での指導> <校則・マナーを守らせること> <叱ること> <謹慎> <停学> などの言葉が返ってきます。 Guidanceは、このような規律指導(文部科学省『生徒指導提要』に示されている「規範意識の醸成や校内規律に関する指導」)に関係する概念だと言えるでしょう。

これに対し、Counselingは、学校において教師が行う教育相談に関係する概念です。そして、生徒指導は、GuidanceCounselingが相補的に機能する中でこそ、その目的を達成できるのではないか、そういう意味を、私は「優しくて厳しい教師」に込めています。

やなせたかしさん風に言うなら、「愛と 勇気だけが ともだちさ」ということですね。やなせさんは、『わたしが正義について語るなら』(2013)の中で、次のように書いておられます(阿形要約)。

アンパンマンは時々、自分の悪口を言う相手のことを助けることがあります。「悪口を言ったぼくを助けてくれるの?」と聞かれても「気にしないで。誰にだって失敗はあるんだから」と言う。それはアンパンマンの愛が大きいから言えることなんだね。そういう大きな愛は親子とか兄弟の中にいつもあると思いますよ。それから、何かを決断するとき、何かをやろうとする時には必ず勇気が必要です。スポーツでも仕事でもみんな必要。おびえているとできません。線路に落ちた人を助けようとすると、助けた人は死んじゃうかもしれない。川でおぼれている子どもを助けようとすると、助けた人が死んじゃうことも非常に多い。事実、先生が子どもを助けるために川に飛び込んで子どもは助かったのに先生が死んでしまったという話もありますね。それでも飛び込むのです。

そして、やなせさんは、「愛には、いさましさも含まれていて、勇気には、やさしさが含まれている」と語っておられます。名言だと思います。生徒指導にも当てはまる考え方だと思います。

社会心理学者の三隅二不二(みすみじゅうじ、もしくはじふじ)さんが提唱された有名なリーダーシップ論「PM理論」では

P機能(Performance function、集団目標達成機能)

M機能(Maintenance function、集団維持機能)

のどちらか一方ではなく、両機能を合わせ持つリーダーシップが、集団のやる気を引き出し生産性も高めることが明らかにされました。

 ところで、三隅さんのお名前に含まれている「不二(ふに・ふじ)」とは、仏教では「対立していて二つに見えるが、本質的には一つのものである」という意味があるそうです。さらに、不二からの連想で、「力愛不二(りきあいふに)」という言葉を思い出しました。これは、少林寺拳法で大切にされている心構えの一つで、「愛のない力は暴力であり、力のない愛は無力である」という意味だそうです。これを教育に置き換えると、「教育相談の心のない“厳しさ”は暴力であり、規律指導の心のない“優しさ”は無力である」と言えるのではないかと私は考えています。

 けれども、「不二」は、言葉では簡単に言えますが、本当に難しいことですね。学校現場においても、規律指導を担当する教師が

   「“甘い”“けじめのない”教員がいる」

   「“嫌われ役”の大変さをわかっていない」

   「“毅然とした指導”が徹底しないから学校が良くならない」

と他の教師に不信感を持ち、教育相談を担当する教師が

 「“固い”“生徒の心がわからない”教員がいる」

 「“聴き役”の大変さをわかっていない」

 「“生徒理解や共感”が十分でないから学校が良くならない」

と他の教師に不信感を持つ光景が、残念ながら散見されます。

 しかし、P機能かM機能か、GuidanceCounselingか、規律指導か教育相談か、力か愛か、厳しさか優しさか…、そのような二者択一の考え方をした途端に、私たちは、ことの本質につながる道筋を見失うのではないかと私は考えています。京都教育大学の角田豊先生は、『生徒指導と教育相談』(2009)で、

カウンセリングマインドやゼロトレランス、「管理教育」と「放任教育」は、コインの表裏といえ、どちらも一面に偏った姿勢といえます。教育の考え方には、振り子の揺れのように父性的な関わりと母性的な関わりの間を行き来しているところがあります。片方が極端になると、そのマイナス面がクローズアップされ、対極が理想化されるようなことが起こりがちです。こうした点に注意して、「全体を見る」ことが実際の子どもの教育には欠かせません。

と指摘されています。

 また、作家の三浦綾子さんは、エッセイ『明日のあなたへ』(1996)の中で、次のようなエピソードを紹介されています。

  近所の小学生の少女が遊びに来た。私は尋ねた。

「きびしい先生と、優しい先生と、どっちが好き?」

彼女たちは「優しい先生」と答えた。

「ではね、あなたたちがまちがった時、きびしく注意してくれる先生と、何も言わない先生と、どっちが好き?」

彼女たちは答えた。「きびしく注意してくれる先生」。

優しさを望む気持と、きびしさを望む気持とは、心の底で一つなのだ。

自分を正しく導いてくれる先生が少女たちは好きなのだ。

 生徒指導支援センターでは、「生徒指導における不二」にこだわりながら、皆さんと共に、「優しくて厳しい教師」をめざしていきたいと思っています。