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現在の私の研究テーマを短く言えば,「英語を教えることや学ぶことを,社会的かつ歴史的な営み(文化的実践)としてとして見つめなおし,そのような視点から英語学習やその指導の場をデザインしていくこと」です。
人は,自分が住まう文化的世界において社会的・歴史的に共有されてきた「ことば」や「道具」を身につけ,その世界に存する環境や他者と相互作用し,新たな文化を創造・維持・継承していくと同時に,その文化的実践への参加を通じて自分自身をも成長させてきました。つまり,人は文化的実践に参加することで自分自身を成長させ,同時に,自分をとりまく文化を発達させます。以上のような認識論に立てば,「ことば・道具」や「環境・他者」ぬきの,人間の活動(実践)や成長はあり得ないということになります。学校で行われている英語教育実践も社会的・歴史的に創り上げられ受け継がれてきた文化的な営みであり,英語教師も,そこで共有されてきた「ことば」や「道具」を通して成長するとともに,よりよい英語教育実践の創造・継承・伝承という文化的実践に参加しています。
英語の学習や指導に関わる参考書やマニュアルはこれまでになく多様・多量にあり,時間さえあれば我々は英語の学習や指導に関わる技術を簡単に得ることができます。ただし,そこに描かれた学習方法や指導技術が自分自身の学習や指導にすぐに生かされるかといえば,なかなか難しいのが現実です。それは,自分自身の教育哲学やこれまでの実践経験に加え,自分が担当している子どもの状況・人間関係や,同僚教員との足並みや日々の多忙さ,など,自分をとりまく,社会的・歴史的に培われてきた文化的世界との兼ね合い(関係性)をふまえなければならないからです。
以上を考慮すると,英語教育の営みは「技術的な実践」以上のものを含んでいると考えられます(もちろん,技術的実践を否定しているのではありません)。ですから,英語教育を社会的・歴史的な営み―学校という現実の場において,他者(同僚や子ども・保護者など)やことば・道具(可視的・不可視的な環境)とのさまざまな関わりあいや,文化の分かち合いや創造の過程のなかで行われている文化的実践―としてとらえて,英語を教え,学ぶための「場」そのものをデザインしていく方法を主要な研究テーマとしています。(ここであえて「デザイン」という用語を使用するのも,まったく同じ芸術作品が存在しないのと同様に,個々の先生,また,個々の学校が描く英語教育実践にもまったく同じものが存在しないことを強調したいためです。)
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