モーニングサイドアカデミティは、1980年代の初めにKent Johnson博士が設立した私立の学校で、基礎学力の遅れた子どもたちのための“catchup school”である。Direct Instruction、Precision Teaching、Personalized Systems of Instructionなど、研究により効果が実証された教育方法を用い、さらにその教育実践の中で教育方法を改善している学校でもある。この学校については数多くの文献が発表されているので詳しくはそちらを参考にして欲しい。
モーニングサイドでは1年間で2学年分の学力の向上が見られなければ授業料を返還するというポリシーを貫いている。これまに授業料を返還したことは1回のみ。昨年の夏期スクールで初めて公約を果たせなかった子どもが現れたそうだ(ちなみに、夏期スクールの場合、6週間に1年分の学力向上を約束している)。こうした成果が認められ、シアトルやシカゴの公立学校から、この学校の方法論を導入して欲しいという依頼があり、学校へのコンサルテーションも行っている(シカゴの学校についてはすでに報告した)。
子どもたちの年齢は1-10年生、ほとんどは、学習障害とかADD(Attention Deficit Disorder)と診断され、入学当初は、字も読めず、計算もできず、あるいは情緒的に不安的で泣いてばかりいる子どもたちだ。現在、教員は6名で、それぞれが1クラスを担当。子どもの数は48人。ただし、モーニングサイドでの「クラス」は「教科」に近い。子どもたちは時間になると、それぞれ自分に必要な授業を受けに教室を変わる。だから、1つの教室は常に同じ教科(たとえばスペリングなど)をしているが、そこに来る子どもたちは日によって、時間によって変わる。子どもから見れば、1つの単元をマスターしたら次の単元へ、自分のペースで進めることになる。こうした事情で1クラスあたりの人数は随時変わる。一日通して見学した限り、だいたい1クラス1教師あたり、4-10人といったところ。子どもたちは1-3年で学力が学年レベルに追いつくとモーニングサイドを卒業し、元の学校へ戻っていく。
子どもたちはそれぞれ“Daily Report Card”と“Standard Celeration Chart”を持っている。“Daily Report Card”にはその日一日の授業の予定と、各授業で何をするか、そして目標は何かが記載されている。健康診断のカルテにも似ている。健康診断で、体重測定の次は、血圧、血圧の次は視力というように測定と記録をしていくように、モーニングサイドの子どもたちは、数を10ずつ読む練習(1分間でどこまで読めるか)、足し算(1分間でいくつ計算できるか)などのトレーニングをし、その結果を“Standard Celeration Chart”と、“Daily Report Card”に記録していく。それを先生がダブルチェックする。
“Standard Celeration Chart”は縦軸が対数になっている非常にユニークな図で、Precision Teaching には必須の教材なのだが、ここで詳しく解説する時間がない。興味のある方は参考文献を参照されたい。簡単に言ってしまうと、学習を頻度(1分間あたりにある行動が起こった回数)として記録し、その対数をとる。なぜ対数かというと、研究から、学習の頻度は対数にすると直線になることがわかっているからだ。したがって、“Standard Celeration Chart”では、現在の子どものパフォーマンスから、この練習を1週間、毎日繰り返したときの伸びが予測できる。そして子どもの実際のパフォーマンスがその予測からずれているときは、教材や教師の指示に何らかの間違いあるいは改善の余地があると考える。つまり、教師は子どもたちの日々の進度をこのグラフをもとに判断し、次の日にどういう工夫をするかを計画するのだ。個別化され、タイミングのよい介入が可能になる。
この学校で働く教員の半数以上は教員免許を持っていない。心理学をバックグラウンドとする修士がほとんど。それもこの学校の特殊性をもってすれば納得できる。モーニングサイドでは、子どもたちの学力を公約通りに伸ばすことが、もちろん第一の目標になっている。しかし、それに次いで(もしかしたらそれ以上に)、新しい教育方法を試行したり、既存の教材を改善したりするための実践研究を行うことも重要な目標になっているのだ。たとえば、現在、Talk Aloud Problem-Solving という手法をカリキュラム化しようと実践研究が進められている。このクラスも見せてもらったが、なかなか面白かった。課題解決場面が用意され、子どもたちは2人ずつペアになり、1人が“problem-solver”、もう一人が“coach”の役になる。“problem-solver”は解決のための思考を声にだしながら課題を解決しようとする。“coach”はたとえ答えがわかっても教えてはいけない。ヒントをだしたり、励ましたり、解決の糸口になりそうな質問をしたりする役目だ。
この日の課題。水族館でイルカやアシカのショーが4つプログラムされていて、それぞれ開催時間が異なる。重なっているのもある。一日ですべてのショーを見て回るにはどうすればよいか?
制限時間(7分)を区切られて、いっせいに問題解決が始まる。3-4年生くらいの子どもが多く、どうやらこの課題はちょっと難しいようだ。でも、“problem-solver”は「まずは問題文を読む」とか「ショーが何時から始まるか調べる」とかつぶやきながら課題に取り組んでいる。“coach”役の子どもたちも「それからどうするの?」とか「それはよい考えね」とか、かなりチンプンカンプンなところもあるが、それなりにコーチしている。ここでの教育目標は正しい解答を得ることではなく、解へ導く問を自発すること、そしてそれを励ますことである。正直言って、まだまだ開発の道のりは長そうだが、完成すれば面白いプログラムになりそうだ。
昨日、Layng博士とJohnson博士に話をうかがったオンライン大学院、New School for the Learning Science は、まさに理想的な教育実践研究の附属校を持っていることになる。
校長先生に教師教育について話をうかがった。モーニングサイドでは、毎週3時間、学内での研修を行うということ。それには授業を録画したビデオとチェックリストを使う。最初は、本人がビデオを見ながらチェックリストを使って自己採点し、次に他の教師も交えてグループで採点し、どれだけ一致するか確認する。そして具体的なアドバイスや質問をやりとりするとのこと。トレーニングが進むと、「あれ、私ったらあんなへんな事言ってたのかしら」とか「あらら、この子、一人取り残されているのに気づかなかったわ」とか、自己採点の段階でかなりのチェックができるようになるそうだ。しかしだからといって、チェックはやめない。続けることが大切、だそうだ。
人事考課についても聞いてみた。教師のパフォーマンスのレベルにあわせた給与体系は作っていない。しかし、このへんに問題があり、教師の退職が頻繁にあるそうだ。教育実践研究校として、いつも何か新しいこと(すべてが成功するわけではない)をやらされるというプレッシャーも大きいのだという。勤務評定や給与体系を工夫し、優秀な教師が残ってくれるように組織を改善するのが今年の私の目標です、とのこと。教師のパフォーマンス・マネジメントに関してはNYのケラースクールが秀でていると思いますよ、と話したら、校長先生もご存じとのこと。一度、ケラースクールを見学に行くつもりだとのこと。
モーニングサイドに関しては他にもたくさんの事を学ばせていただいた。通信制大学院とは関係ないので、ここでは報告しないが、また別の機会に。