数カ月前にシカゴに来たばかりというインド人のタクシードライバーとあぁでもないこうでもないと散々探し回ったあげく、ようやくMunioz Marin Primary に着く。今日のコンタクトパーソンである Cruiz先生は学校の運営委員会(school board meeting)にでているとのこと。保護者に対してオープンに開かれているミーティングなので、どうぞ座って待って下さい、とホールに通された。
前の方には校長、教師代表、保護者代表が9人、こちら側には保護者らしき人が15人ほど座っている。どうやら学校に対しておりるはずの補助金について、委員会から保護者へ説明がなされているらしい。「らしい」というのは、ほとんどがスペイン語で理解不能だからだ。ときどき英語の解説が入るので何とか全体の流れがつかめる程度。この近辺はシカゴのウエストサイドと呼ばれる貧しい地域で黒人が多いのだが、この学校にはヒスパニックが集まっている。会議が終わってから、この学校の“coach”(「指導主事」と訳すべかもしれないが、日本の学校の「指導主事」の先生達とは雰囲気が全然違うのであえて「コーチ」としよう)である、 Cruiz先生に話をうかがった。
Munioz Marin PrimaryはK-3。教師は12人。比較的小さな学校だ。6年前からDirect Instruction を使っていたが、2年前からMorningside Learning Systems と契約し、コンサルタントが、月に1週間、教師のトレーニングにやってくる。教師のトレーニングは丸一日のワークショップと教室での授業中のコーチング。昨日訪問した Lathrop Academy と同じだ。現在、2年生は3年生の教材を使って勉強しているという。ただし去年、シカゴの標準学力テストを受けた3年生の得点がとても低くて一同唖然とした。どうやら、DIで教えている問題のフォーマットと、標準テスト(ITBS:Iowa Tested Basic SkillsやITBS:Illinoi Tested Basic Skills)の問題のフォーマットが異なるためらしい。応用力がつく教材や教育方法を現在模索中であるが、ともするとテスト対策の、あまり本質的ではない授業をしなくてはならないので問題になっているという。
教室の方から“uno”とか“dos”とか、昔ならったスペイン語が聞こえてくる。この学校ではDIの教材を先生方がスペイン語に翻訳して使っているそうだ。教員の研修などについて聞いてみる。
研修は大きく分けて3種類ある。1つはシカゴの教育委員会から提供されるワークショップで、新人研修から始まり、学級経営や各教科の教え方まで様々。これらの研修を受けることは義務になっている。研修は教育委員会が運営しているが、講師は現職教員や大学教官などだそうだ。こうした研修は昔はダウンタウンのオフィスなどで開かれていたが、郊外の教員にとっては不便なので、最近では地域のセンターや学校で開かれるようになってきている。また、他の機関と協力した、より実践的な研修も組まれるようになってきている。たとえば、博物館と協力して行われる社会科見学では、博物館のスタッフと大学教官が共同で研修を組み、どのように社会科見学を実施すれば子どもの学習を活性化できるか教えてくれ、さらに実際に社会科見学へでかけるさいには子ども共々支援してくれる。同様のプログラムが美術館やプラネタリウムとのコラボレーションで実現しており、好評である。
もう1つは教員の労働組合と各大学とが共同して提供している生涯学習や修士コースで、大学のキャンパスではなく、労働組合の建物で講義が受けられる。授業料は、組合からの補助で、値引きされる。現在、Munioz Marin Primaryでは、 Cruiz先生も含めて4人の先生が修士コースに通っている。ただし、これらは学校が終わってから個人の時間を使っての学習になる。遠隔教育の話をした。Cruiz先生が行っているNorthern Illinoi University ではまだ提供されていないようだが、あったら便利だと思うとのこと。Cruiz先生はあと修士論文を残すだけらしく、微笑みながら「あと、もうちょっと」と嬉しそう。修論が一番たいへんなのに....と思ったが、口にはださなかった(笑)。
研修の3つめは、Morningsideと、もちろんコーチであるCruiz先生による学内研修。こうした研修は学校ごとに何を組み込むか選ぶことができる。DIに関しては、最近面白い動きがあった。大リーグのチームの「シカゴ・ソックス」のオーナーが教育委員会の要請を受けて、DIを教員にトレーニングする仕事を慈善事業として始めたのだ。このワークショップは月に1度くらい開かれ、教師向け、コーチ向け、校長向けの3種類の研修があるという。ワークショップはソックスの球場で開かれるというから驚きだ。オリックスが兵庫県の先生に研修をするようなものだ。大リーグのこうした協力により、現在ではシカゴの45の小学校がDIを使っているそうだ。
Cruiz先生は大学院では「カリキュラム&インストラクション」のコースを専攻しているが、昨日の Hawk先生とは違って、大学院での勉強はとても役に立ったという。
島宗:大学院での講義はどんなふうに役にたったと考えますか?
Cruiz:世の中にはたくさんの教育方法がありますよね。それぞれ違った考え方、物の見方で開発されています。DIは基礎学力をつけるには抜群に効果的な教育方法ですが、先ほどお話ししたように、子どもたちの「応用力」をつけるのはあまり得意でないようです。そんなとき、「応用力」って何だろう?どうすれば教えられるだろう?って理論的に考えてみるんです。大学院で学んだことを活かして。
島宗:でも、あまりいろいろな考え方を学ぶと混乱しませんか?中には相反する哲学にもとづいたものもあるし。
Cruiz:いいえ。むしろ、いろいろな角度から子どもや学習を考えることが大事だと思います。啓発される(enlightening)というのかしら。教材をこう工夫すればいいとか、テストのフォーマットのここが妨害的に働いているのだとか、はっと気づくことがあります。それが大学院で学んだ最も大切なことだと思います。
島宗:なるほど。
Cruiz先生はとてもきさくな女性でついつい会話を楽しんでしまった。タクシーを呼んでくれようとする彼女に、ちょっと危ないかもしれないけど、バスに乗って帰りますと告げると、“Life is short, Satoru. Enjoy.”と大きく抱きしめられた。
明日はシカゴを後にしてシアトルへ。