Lathrop Academy はシカゴの郊外にある公立小学校(K-8)。黒人がほとんどの貧しい地域で、6年前、Direct Instruction (以下、DIと略す)を導入するまでは、子どもたちは字も読めない状況だった。有志の先生達がDIのReading のプログラムを使い始めたのがきっかけだった。すぐに効果がでた。それまで科学や社会の時間に、どんなに教えても学ばなかった子どもたちが教科書を読み始めた(それまでは字が読めなかったので教科書を与えても無駄だったのだ)。スペリング、作文、算数、文章理解と、次々にDI を導入していった。2年前からは、シアトルに本拠地をおく、Morningside Learning Systems から学校コンサルテーションを受け、より複雑な能力(問題解決や論理的思考力)のカリキュラムを導入している。この学校の2年生、4年生、5年生、6年生のクラスを見学させてもらった。
DI では授業が高度に体系化されている。教師は教師用に書かれたスクリプト(セリフ)に従って授業を進めるので、授業の様子はオハイオのArlington Park Elementaryでみた風景とほとんど変わらない。ただ、こちらの学校の方がよりリラックスしたムード。子どもからの授業とは関係ない発言も多い。個人的にはこちらの方が好印象。たとえばスペリングのクラスで25問のクイズを自己採点した後、先生の「いくつ正解した?」の問に「27!」と答える子どもがいた。先生は「Good try, Malcom!!」と微笑む。冗談とわかっているのだ。
DIの授業の様子を言葉で説明するのは難しい。ビデオを見てもらうのが一番早いだろうが、アメリカではプライバシー保護を重んじるため、教室でのビデオ撮影は難しい。クラス全員の保護者から許可書(同意書)をもらわなければならない。今回はビデオを持参したものの、手続の煩雑さに撮影は断念した。SRA社から教師教育用のビデオが販売されているので、後で購入することにしよう。
この学校は各学年2-3クラス、1クラスは20-30人。クラスは成績別に分ける。理由は、優秀な子どもはどんどん進んでいってしまうから。多くのクラスで実際の学年より1学年進んだ内容を教えていた。8年生の優秀クラスには何を教えるのかと聞いたら「高校生の内容」という答えが返ってきた。
シカゴでは行政による教科書指定がない。教科書や教材の出版社は学校ごとに選べるそうだ。この学校ではDIを使うことを学校全体の方針としている。DIは通常の教育方法とかなり異なるので、教師によっては抵抗を示すのではと質問すると、「我々は子どもが学ぶことを最優先に考えている。DIを使うのは、これで子どもたちが学ぶから。それなのに反対するのならここに勤めてもらわなくていい」とのこと。校長の強いリーダーシップがあって可能になることだ。
全学に1人“teacher mentor”という役割の先生がいる。彼女の名前は Hawk先生。今日の見学をアレンジして下さった。教師は全部で26人。「あなたが全員をスーパーバイズするんですね」と言ったら「ノー」と苦笑された。「スーパーバイズ(supervise) されていると思うと、教師は言うことを聞いてくれません。だから我々はコーチ(coach)するという言葉を使います」。なるほど納得である。
この学校の先生は毎週水曜日1-2時間、Hawk先生から“コーチ”を受ける。就業時間中に行われる研修であり、これは仕事とみなされる(つまり義務)。このセッションにも参加させてもらった。ちょうどDIのReadingの教材のトレーニングをしていた。先生は3人。ベテラン2人と新人1人。最初にトレーニング用ビデオを見て、 Hawk先生が解説、質疑応答のあと、実際に教材を使った模擬授業に入る。順番に先生の役をやり、あとは子どもの役。ところどころでHawk先生がアドバイスし、練習を繰り返す。滑らかにできるようになるまで繰り返す。みんな真剣だ。
この水曜のセッションでは、もちろんDIの他に、学級経営などについてもトレーニングするそうだ。現在、日本では『学級崩壊』が大きな問題として取り上げられていること。でも日本で「ポイント制」や「トークン」なんかを使おうとしたら、教師から大きな反対があると予想されること、などを話した。Hawk先生によれば、こちら(シカゴ)でも、子どもが静かに席に座って授業を受けることにご褒美をあげることに難色を示す先生もいる。でもそういう先生もポイント制で学級経営がうまくいき、子どもたちの学習が進むことを経験すると反対しなくなる。それどころが積極的にいろいろ工夫をするようになるそうだ。
どんな行動に対してポイントを与えるか、これは学校で統一されている。たとえば、授業を受けるときには、
という4つの行動(そしてこの4つだけ)が期待されている。学校のすべての先生が同じようにこの4つの行動を要求するので、子どもたちには何が期待されているのか、はっきりとわかる。それから、先生達はめったに叱らない(叱っているところはついに見れなかった)。4つの行動を誉めるだけである。ポイントとの与え方は先生によって、それから子どもたちによって異なる。たとえば、クラス全体が2分間、4つの行動を守ったら、クラス全体に2ポイント与えることもできるし、クラスを2つに分けてポイントを競わせることもできる。ちなみに、こうしたいろいろなテクニックの効果についてはすでに数多くの研究で実証されている。
DIを使うようになってから、先生たちの学級経営の力、それから教える力が向上した、とHawk先生は言う。DIにはポイント制度などが教材に組み込まれているし、実際、授業中、子どもはよそ見する暇などないので、学級経営がうまく行くのは納得できる。教える力が向上したとは、どういうことか、突っ込んで聞いてみた。この学校では理科や社会の時間にはDIは使っていない。だからこうした科目の時間は先生達は通常の教科書で授業をする。でも、面白いことに、先生達はまるでDIにようにこうした科目を教えるようになるという。つまり、何を学んで欲しいかはっきり見本を示し、練習を繰り返す。練習するときには、子どもが何を学んでいるか先生が分かるように声にださせる。勘違いしていたり、理解できていないときはすぐに補充する。「すぐに」とは次の授業時間にという意味ではない。「その場で」だ。DIの使い方をマスターした先生達はこうした力をつけているので、教材がDIでなくてもうまく教えることができる、そうHawk先生は信じているようだ。
最後に教師の研修について聞いてみた(最後のところは会話調に記録してみよう)。
島宗:この学校の先生達は、大学院へ行ったり、生涯学習の単位を取ったりしていますか?
Hawk:はい。でもそれは個人個人の意思によるもので、学校側は関知していません。
島宗:学校としてはDIのワークショップへ先生達を派遣するのですか?
Hawk:それはします。でも私たちの学校では「自立」を目指しています。DIのワークショップへ行っても、コーチ1人に参加者数十人の割合なので、さっきお見せしたような密度の高いコーチングは受けられません。Morningside のような会社からコーチを派遣してもらって、学校内でトレーニングを続けた方が効果的だと考えます。
島宗:Morningside のコーチは他にどんなサービスを提供してくれますか?
Hawk:教材を学校や子どもにあうように工夫してくれます。それから、これは私の仕事でもあるんですけど、授業を見て回って、授業中に教師のトレーニングをします。
島宗:授業中に?
Hawk:そうです。教え方が間違っていたり、もっといい方法があったときには、子どもたちにそうするように教師にも「その場で」すぐ教えてあげるのです。
島宗:子どもは変だと思いませんか?
Hawk:この学校ではずっとそうしているので別に何とも思わないようです。
島宗:どのくらいの頻度で授業を見て回りますか?
Hawk:毎日です。それが仕事ですから。1人1人の教師にとっては1ヶ月に2、3回、こうした見回りが(笑)やってくることになります。もちろん、たくさんコーチの必要な教師と、そうでもない教師がいます(笑)。
島宗:どうしてMorningsideのようなコンサルタントを雇うのですか?なぜ大学や大学院の講義を研修として使わないのですか?
Hawk:(苦笑)大学や大学院の講義で学ぶことは、学校で毎日起こっていることとあまり関係がありません。理論をいくら学んでも、それで子どもたちが学ぶようになるわけではないのです。私の場合、大学院で学んだ理論的がまったく役に立たなかったとは言いません。でも理論の部分は全部まとめて1つの授業にして、あとはもっと実用的なトレーニングが受けられていたらなとは思います。
島宗:先週、オハイオ州立大学とその周辺の小学校を見学してきました。オハイオでは、できるだけ理論と実践を統合して教えること、そのために、現場での単なる「経験」ではなく、Hawk先生やMorningsideのコンサルタントが提供しているようなナマのトレーニングを学生に提供できるように考えているようですよ。
Hawk:大学も少しずつ変わってきていることは聞いています。少しづつね(笑)。
明日は、シカゴでMorningsideからコンサルテーションを受けているもう1つの学校、Munioz Marin Primary へ訪問する。