朝、Arlington Park Elementary に向かうクルマの中で、Heward博士が昨日の新聞(Columbus Dispatch, Feb. 10, 1999)を興奮気味に見せてくれた。"Teaching method dazzles audience" と題されたその記事は、この小学校を訪れた教育委員会のトップが、幼稚園(K)のクラスの子どもたちが声をあわせて文章を読み、合衆国の首都の名前を言い、1から1000まで数えるのに感銘し、この学校が4年前から使っているDirect Instruction を、学区内の他の9校にも導入することを決めたというものだった。
オハイオ州では、都市部の経済的に貧しい地域の学校の崩壊がいよいよ大きな問題となってきていた。州をあげての学力テストの実施や、教員の質を高めるための修士号の義務づけへの動きなど、様々な試みが行われてきているが、改善の様子は見られていないという。
そんな中でArlington Parkでは4年前からDirect Instruction を導入し、それまで学力テストの成績が地区92校中80位だったのが、2年間で15位にまでおどりでた。今回の訪問は、普通学級での教育実習を観察することにあったが、意外なオマケがつくことになった。
学校につくと最初に幼稚園のクラスに案内された。OSUからの教育実習生が朝の「ウォームアップ」を行うという。8時半くらいから無料の朝食のサービスを受ける子どもたちが登校してくる。ほとんどは黒人。家庭は貧しく、生活保護を受けているものが多いそうだ。驚いたことに、子どもたちは教室に入ってくると、それぞれ席につき、静かに自習を始める。誰も騒がない。9時すぎには18人の子どもが席につき、クラスが始まった。教育実習生が前に立ち、「さぁ、みんな今日も一日頑張ろうね」「今日は日本からお客さんがきてるわよ。みんながどんなに頭がいいか見せてあげましょう」と声をかける。そして「1週間は何日?」「1年は何カ月?」「月の名前をみんなで言いましょう!」というかけ声に、子どもたちが大きな声で答えていく。「大統領の名前は?」「副大統領の名前は?」「名詞って何?」「角が10個ある図形の名前は?」と、どうやら昨日の復習のようだ。これに子どもたちは正確に、元気に答えていく。
「ウォームアップ」が終わると2グループに分かれて、1グループは読みの練習、もう1グループはそれぞれの席で自習に入る。教育実習生の学生が読みの練習を教える。しばらくすると、この学校でスーパーバイザーをしている先生(指導主事みたいな役割)が入ってきて、チェックリストにしたがって、教育実習生のパフォーマンスを評価していく。1週間に1回、こうした評価が学校側からと、大学側から行われるそうだ。
次に、3年生の社会の授業(地球儀をとって、「赤道」とか「北極」「南極」とか教えていた」)、2年生の国語の授業(文章読解)、4年生のスペリングの授業を見ていく。クラスサイズは24-32人ほど。授業はすべてDirect Instruction の教材を使って行われている。だから、どこの教室からも先生と子どもの掛け合いが、大きな声で聞こえてくる。
Direct Instructionの教育効果は、これまでたくさんの研究で実証されている。ここ数年、アメリカの数多くの学校に導入され、成果が報告されつつあるので、実はそれほど驚きはしなかった。この教育方法では授業中、常に集中していないと答えられないので、逸脱するチャンスがない。学級経営に大切なのは実は授業方法なのだと改めて確認した。でも、もっと感銘したのは、子どもたちの行儀の良さである。授業中、一つの課題から次の課題に移るときには、手を膝の上にのせ、先生の指示を静かに待っている。廊下でも、おしゃべりもせず、整列して、静かに歩いている。昔の日本の小学校ってこんな感じではなかったんだろうか、と思わせる。そして子どもたちの目はとても賢こそうだ。
この学校では教員をDirect Instructionのワークショップに派遣してトレーニングを受けさせているが、もっと大事なのは、現場での、スーパーバイザーによる直接指導だという。先生は子ども以上に練習しなくてはならない。何人かの先生とお話した。どうやら昨日、教育委員会で教育長がこの地区のすべての学校にDirect Instructionを導入していきたいという意思表示をしたらしく、みんな嬉しそうにしている。
PTAの代表のお母さんが丁度いらしていて挨拶する。肝っ玉かあさんの黒人版といったパワフルな女性である。後でHeward博士からちょっとしたエピソードを聞いた。2年前、Direct Instructionが成功し始めたとき、これを導入した校長先生が転勤になった。それまでのせっかくの努力がだいなしになるのでは、とみんな心配した。そこで、この肝っ玉かあさんが動いた。地域の人に話し、署名を集め、教育委員会へ行き、次の校長は先代の仕事を責任持って引き受けてくれる人にして欲しいと要望したのだ。肝っ玉かあさんの声は届き、校長を選ぶ人事委員会には、彼女ともう一人PTA代表が入ることになった。そして、現在のHackett先生が選ばれ、Direct Instructionを中心にした学校改善の努力は続けられることになった。
地域と学校のスタッフと保護者と大学がうまく連携して、おたがいに協力しあい、子どもたちを教育するという共通の目的に知恵と力を寄せ会う様子がよくわかった。
学区全体にDirect Instructionが使われるようになれば、当然人手不足になる。OSUでは学生にDirect Instruction、そしてその基になっている行動分析学を教えているから学生の就職は俄然有利になる。Heward博士とHackett校長は、教育実習生を助手として雇ったり、協力して夏期スクールをオープンし、そこでDirect Instructionをさらに改善するための研究をPh.D.の学生を使って行ったりする提案をしていた。まさに学校をベースにした教育と研究の一例だといえよう。
これで学校見学は終わり。今日はこれからCooper博士のPrecision Teachingの講義を聴講し、Heward 博士のPh.D. の学生のためのセミナー(2時間半ぶっとおしらしい!)に参加する。明日は最近の研究について話して欲しいといわれているので、学校教育研究センターでやっている、教員採用試験の準備を支援するプロジェクトについて、OSUのスタッフと学生(主にPh.D.)に向けてプレゼンしなくてはならない。というわけで、このレポートもしばらくお休み。次はサンアントニオから、生涯学習協議会の様子をお伝えすることになると思います。