オハイオ州立大学教育学部特殊教育コースについて 2/8(月)

Howell博士へのインタビューより

 オハイオ州立大学(以下、OSU)では、現在、いくつかの学部で何人かの教官が遠隔教育コースの開発と実施に取り組んでいる。Howell博士はその中の一人で中心的なメンバー。専門は特殊教育における教育工学で、障害児の学習を支援するソフトウエアやハードウエアの研究開発をしておられる。

 今日は最初のオフィシャルなミーティングなので、まずは、特殊教育コースについて概要をお聞きした。

学部の改組で始まったM.Ed.コースとその現状

 数年前に学部の改組があり、その時に、M.A.(Master of Arts)コースに加えて、M.Ed.(Master of Education)コースが設置された。これは、いわゆる「ホルムスレポート」から始まったPDS(Professional Development School)のムーブメントによるプログラム。学部の4年間を修了しただけでは「学位」だけで「教員免許」は与えず、その後、1年間の修士課程を修了して初めて修士号と免許が与えられる。ちなみにOSU以外の学部を卒業してM.Ed.に入る場合には2年間かかるそうだ。日本でも検討されている「6年一貫制」に近い考え方だ。元々、学部卒の教員の専門(教科)の力を向上させることが目的にあったらしい。

 Howell博士は「ホルムスレポート」の評価委員会でもあり、現在、評価のためのデータを集めているとのこと。しかし、結果はあまり良好ではないという。オハイオ州では、2002年より、すべての教員は修士号を取得すべしという法律を施行するという。しかし現段階ではまだ始まっていないので、他の大学では学部卒に教員免許を与えている。学生にとって見れば、1-2年、よけいに勉強しないと免許が取得できないわけであり、これは大学を選ぶさいのマイナス要因になる。実際、改組後の学部生の出願数が減少しているという。さらに、教育委員会のトップとのミーティングでは、修士号を持っている分、高い給与を払わなくてはならないのに、結局「新卒」は新卒で仕事のできに差がないと批判されるそうだ。どこかで聞いたような話でもある。

 米国では障害児・者の教育を保証する法律が整備されてから、特殊教育の免許を持った教員の数が増えている。現在は(そして近い将来にわたって)人手不足であり、免許を取得すれば必ず採用されるというから、学生にとってM.Ed.は確かに余分な1年なのかもしれない。この件についてはランチタイムに他の教官とも雑談したが、みな否定的な見解だった。いくら学校現場をベースにした実地教育を重んじると言っても、フルタイムの教員として働くわけではないので、おのずと限界がある。むしろ数年間現場で働いてからM.A.コースに入って理論を学び、そしてまた実践に活かしていくという方が効果的だと考える人が、少なくともこの学部には多いようだ。ただし、中学・高校で教科を専門に教える教師の場合には、その教科について詳しく学ぶことが4年間では不十分かもしれないという声もあった。

現職教員を主なターゲットにしたM.A.コース

 M.A.コースに在籍する学生のほとんどは現職教員であり、したがって彼らの受講する授業の9割は午後4時以降に開かれる。面白いのは、改組する前は、ほとんどの授業は午後だったのに、M.Ed.追加のため、午前も授業を開講するようになったというところ。現在、鳴門教育大学で検討されている「昼夜開講」とは逆のパターンである。何人かの教官は「改組後ストレスが明らかに倍になった」と口を揃えてボヤいていた。

 M.A.コースの授業を履修している現職教員は、大学からクルマで30-40分以内に住み、働いている人たち。週に何日か、仕事が終わってから大学へ来て、講義を受ける。また、夏休みにできるだけ単位を取る。OSUは4クォーター制−つまり、1学期10週間で、1年が4学期になっている。現職教員は夏のクォーターにはできるだけフルタイムの学生になるわけである。学校や教育委員会からの経済的支援はなく、学費などは90以上が自己負担。一応、5年以内に修了することが目安になっているが、修了しない場合は1年毎の延期手続があるそうだ。

 現在、オハイオ州では州内の地方分権化が進んでいる。たとえば教員の採用も、以前は教育委員会の人事課を通していたのが、現在では各学校の裁量に任せるようになってきているという。進んだ学校ではインターネットなどで募集の案内をだすので、希望者が直接学校と交渉するということもあるらしい。このことは教員研修に関しても言える。教員研修の予算(professional developmet money)は各学校に分配され、その使い方や、現職教員をどのように育成していくかは、学校が決められるようになってきているそうだ。このへんは明日以降、小学校の校長先生何人かとお会いすることになっているので、突っ込んだ話が聞けると思う。

 OSUでは、学生を集め、さらに教育・研究の場を学校現場に確保するために、授業料免除システムを用意している。あなたの学校の先生をうちの大学で学ばせてくれれば授業料を免除する、そのかわり教育実践研究をやらせて欲しいという契約だ。ただ「授業料免除」と言っても、こちらの大学は授業料を履修する単位毎に支払う仕組みだから、一人一回一授業の授業料を免除するくらいの話である。日本の2年間の派遣制度について話したら、それはこちらでは「考えられないこと」だと言われた。

 もう一つ「考えられないこと」と言われたのは、日本の教師がいかに忙しく働くか説明したとき。部活動や会議や何だかんだで、帰宅が夜遅くなることは稀ではないと話したら、それはここではありえない。4時には全員が帰宅していると言われた。もちろん、それは4時以降、こちらの教師が遊んでいる、というわけではなく、家で仕事をしたり、パートタイムの修士として大学に来ていたりするわけである。だから、そこに「遠隔教育」が入り込む余地がある、とHowell博士は言う。

学位の取得だけが目的ではないこと

 特殊教育コースには何人の現職教員が在籍しているのか?という質問にHowell博士は応えられなかった。「100人くらいかな?」と言う。Howell博士だけでなく、他の教官も知らないらしい。どうやら、日本でいう「定員」の概念はここにはないらしい。もちろん、学生にどのくらい教育サービスを提供しているかは、教官の評価にとっても大学の経営にとっても重要だから、しっかり測定されている。ただ、その数は「入学者数(在籍者数)」ではなく、「履修単位数」として評価される。これは、コースや学位などによって重みづけをされて計算される履修単位数(weighted students credit hours”)である。

 こうする理由の1つに、学生(特に現職教員も含めて社会人学生)にとっては修士号の取得だけが目的ではないということがあげられる。むしろ現職教員の場合には、新たな教員免許や資格を取得することが大きな目的になっている。ちなみにここで「教員資格」と言っているのは専門分野まで分かれる細かい分類(OSUではゆうに150をこえる免許をだしている)のこと。たとえば障害児教育なら「特殊教育」という大きな枠組みだけでなく「発達遅滞」「聴覚障害」「多重障害」「身体障害」「重度の行動的障害」「特定の学習障害」「視覚障害」の7分野に分かれており、この中には互換性のあるものとないものがある。つまり、場合によっては「特殊教育」のどれか一つの分野の資格しか持っていないと、仕事ができない場合があるということだ。もちろん、これまで、実際には、学校の裁量と教育委員会の認可で何とかしてきたそうだが、一般的には、これまで黙認されてきたこのようなルール違反を見直す傾向にあるらしい。

 新しく資格を追加して取得する場合には、修士コースに入る必要はなく、必要な科目を履修していけばいい。そして条件が整ったところで書類を提出すれば資格がもらえる。こうした学生が実は非常に多く、そのため修士コースではなく、生涯教育(continuous education)コースから授業を履修する現職教員が増えているという。Howell博士たちは、こうした現職教員のニーズに対応するために、現在開講しているオンラインのコースを、履修手続からクレジットカードによる授業料支払いまで、すべてインターネット上で行うことを考えているそうだ。

要注意点

 米国では大学に対する「しばり」が日本のように強くない。教員養成や資格の仕組みは州ごとに違うし、カリキュラムや大学運営に関しても自由度が高い。だから、それぞれの大学はそれぞれの特色を活かして、個性的なプログラムを作ろうとしている。だから、気をつけなくてはならないのは、今回の調査のレポートも、あくまで、そうした多種多様な大学、学部、コース、プログラムの一例にしかすぎないということだ。

 それから、今回は約1ヶ月という短期間にできるだけたくさんの事例を見て回るように計画したので、こうしたインタビューの「裏」を取る時間がないこともある。実際、今日は、Howell博士へのインタビューの後、午後は、遠隔教育プロジェクトの運営をしている、Technology Enhanced Learning and Researchというオフィスの責任者、Acker博士へのインタビュー、そして夕方には、Howell博士の講義を現職教員の学生と一緒に受講した。ホテルに帰って、こうしてレポートを書いていると、もう9時である。これは健康によくない。精神にもよくない。

 レポートにはできるだけ資料をつけるようにするが、この作業はとりあえず後回しになりそうだ。