症例 K夫人 32歳 主婦
自殺念慮を伴う重症うつ病
罹病期間 2カ月
治療歴 精神分析的精神療法,抗うつ薬(nortriptyline)
家族歴 父: メランコリアへの傾向
父方祖父: うつ病(両極性),自殺死
生活歴・現病歴
決して悪いことをしない完璧な子ども(両親の弁)
低い自尊心(low self-esteem)…小さい頃から
間抜けで,醜い少女(←親切で,よく勉強する,可愛い子)
大学時代 抑うつ的になり,退学 “大うつ病”(未治療)
3カ月後,気分の高揚,多動など(軽躁状態)
2年後に結婚,結婚後最初の8年間に4人の子どもを出産
30歳 子どもたちの行動異常に悩むようになる
入院の前1年間 妻として,母親として,女としての自分の欠点に苦しむ
「夫から離婚される」「 自分のしつけが悪いから,子どもが問題児になった」「 何をやっても駄目な主婦失格者」
入院後の評価・診断
Medication Attitude Survey … 服薬に関わる認知
BDI 37点(重度)
第1回セッション
併用療法のための介入点
1. 深い絶望感,自殺念慮
2. 弱さを見せることには耐えられないという信念
「こんなことくらい自分一人でできないと駄目だ」
「苦しくても,微笑みを浮かべて,頑張ろう」
「しっかりしなければいけない」
↓
乏しい治療意欲 外来での薬物療法,精神療法への遵守性の問題,退院希望
行動水準での介入から認知水準での介入への方針変更
治療関係の樹立と自殺企図への配慮
心理教育的アプローチ(psychoeducational)
1. 簡単なうつ病の心理・生物学モデル(psychobiological model)の提示
T:ひっきりなしに悩んでいると,身体を痛めてしまうのです。毎日,毎晩あなたのように落ち着かなくて,行ったり来たりしていると,身体の方も必要な休息がとれなくなってくる。身体が疲れてくると,悩みをうまく切り抜けられなくなる。身体にエネルギーがなくなって,悩みを解決できなくなっている,それが今のあなたです。
P:心も身体もくたくたです。もうやっていけません。
T:そういうときには,何ができそうか,考えてみることが大切です。いろいろと一緒に考えてみて,それから,どうしたらいいか決めませんか?
2. 総合的・統合的アプローチ:認知療法と薬物療法の併用について
P:治療がどうやって行われるのか聞かせていただいて,ありがとうございます。でも,家に帰らせていただけませんか? 何とかやってみますから。頑張れば,きっとすぐ良くなるでしょうから。
T:うつ病になると,考え方が歪んでしまうのです。その点について調べてみませんか? それで気持ちが楽になるかもしれません。
P:ええ(I guess so.)。
T:あなたの考えておられることを整理してみましょう。
「苦しくても,微笑みを浮かべて,頑張ろう」
「本当に頑張れば,きっとすぐに良くなるに違いありません」
P:私が言おうとしているのは,こういうことです。
「問題なんか,あってはいけない」
「問題があっても,それを人に見せてはいけない」
「こんな問題は自分一人で処理できないといけない」
3. 前提(silent assumptions),スキーマの説明:スキーマのもたらす不利益
T:お子さんの問題のように,自分ではどうにもならない問題が起こったら,あなたはどんな気持ちになりますか?
P:完全な失敗者のように感じて,出口が見えなくなります。
T:まさにスキーマがあなたを追い込んでしまっていることになりますね。
「問題なんか,あってはいけない」
「問題があっても,何とか自分の力で完全に解決しなくてはいけない」
でも,それができないとなると,どうなりますか?
P:しばらくは頑張ってみて,駄目なようなら,あきらめます。
T:そうなると,自殺を考えてしまう?
P:ええ。
T:少なくともその場合は,あなたのスキーマが悪い結果をもたらすことになるようですね。他に何か同じようなことはありませんか?
P:いいえ。
T:治療に影響しませんか? 「自分一人でやれないといけない」と考えていると,薬を飲んだり,精神療法を受けることを,どう思うでしょうか?
P:おっしゃる意味はわかります。薬は飲んだり,飲まなかったりしました。精神療法も真剣には受けませんでした。
T:あなたのそうした考え方は正しいかもしれませんが,でも間違っているかもしれません。大切なのは,そうした考え方は仮定にすぎないと,理解していることです。どう思いますか?
P:たしかにそのために,どうにもならない深みにはまってしまうことは理解できます。これまで他人の助けを拒んできましたから。自分でやっていたら,もっと早く良くなっていたのに,と思うのです。
T:あなたはずいぶん頑張ってこられた。でも,うつ病になったら,普通は薬と精神療法が必要なのです。うつ病をやっつけるためには,患者と治療者と薬が一緒になって,チームで努力するのが一番なのです。回復のための道具(tools)についてあなたに教えてあげたいのです。
4. 治療計画の説明:次回セッションは薬物療法について
5. 宿題:パンフレット(Coping with Depression),BDIの記録など
第2回セッション
宿題の復習 パンフレット(Coping with Depression)による認知療法への導入
病歴の再聴取 うつ病の病型と治療に関する心理教育(psychoeducation)
薬物療法に関する認知(cognitions about medications)
質問紙 Medication Attitude Scale の活用
質問例 薬物は松葉杖である
私はいつも副作用が出る
薬を飲んでいると,もっと集中できるようになる
薬物療法の効果を促進するための認知行動的介入
1. 自動思考の説明
T:医師に薬を飲むように言われ,処方を手渡された場面を想像してください。どんなことを考えますか?
P:薬なんかほしくない。誰にも知られたくない。そう思います。
T:他には?
P:無力感を覚えます。薬なんかに頼りたくない。たぶん薬をやめられなくなってしまう。
T:その考えがどのくらい正しいか,検討してみましょう。
2. 誘導的発見(guided discovery)による自動思考の非機能性の発見
3. 思考記録(thought record):服薬に関する自動思考と合理的思考の記録
4. 薬物療法のもたらす利益と不利益に関する情報提供
↓
自殺念慮 中等度に減弱
第3回セッション
話題(agenda)
1. 宿題の復習
2. 薬物療法に関する疑問
3. 子どもたちに対する罪責感への対処
4. 環境に対する関心の欠如
服薬に関する思考記録
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自動思考 合理的思考
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こんなことくらい自分一人 服薬して治療に専念すれば,
の力でできなければ。 回復の可能性も大きくなるだろう。
癖になってしまうだろう。 薬はできれば飲みたくない。
薬を飲んでも,自立性を失うことにはならないだろう。
抗うつ薬は癖にならないし。
私は弱虫だ。 薬を飲んだからといって,弱虫になるわけではない。
うつ病は弱虫だけがなる病気ではない。
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子どもたちの問題に対する罪責感
彼女が望む子ども像 スーパー・キッド
利口で,可愛くて,運動が上手で,社交的
→ 子どもの問題に果たす彼女の役割:否定的歪み
家庭全体が“病んでいる”という彼女の結論:何がしかの妥当性
完全主義的な基準の検討
家庭の問題に対する原因帰属について → よりバランスのとれたものへ
技能訓練(skills training)の必要性
認知再構成法(cognitive restructuring)+ 技能訓練(skills training)
P:子どもたちも私のような失敗者になっていくのです。私の責任です。私,頭がまとまらないんです。どうしてやったらいいのか全くわからないんです。
T:あなたは“全くの失敗者”とか“どうしたらいいか全くわからない”と言われますが,その言葉がどのくらい妥当なものか調べてみませんか?
P:すこし大げさに考え過ぎているのかもわかりません。
元気のなさと無関心
“何もする気がしません。こんなに疲れて,やる気がなくなっていると
きに,子どもに対する対応をどう変えればいいんでしょう。”
→ 活動記録,達成度と満足度の評価
第4,5回セッション
セッションの内容をノートするように
服薬に対する否定的認知 ← 心理教育的(psychoeducational)資料
副作用に対する準備
P:軽い副作用は薬が十分投与されている証拠だ,と先生が話してくれていたので,助かりました。でも,まだ気分は楽になりません。
T:そのことについてどう思いますか?
P:やっぱり思った通りだ。薬も何も効かない。でも,効き始めるのには時間がかかる,と先生が話しておられたし。
低い自己評価,家庭の問題への対処困難
活動記録 → 自信の回復と楽しい活動の増進
BDI 30点
不眠,食欲低下,気力の低下
第6〜10回セッション
抗うつ薬に炭酸リチウムを加薬
父と祖父の病気に関する回想
二人とも“致命的欠陥”を持っていた。そして,私も。
← “うつ病は致命的欠陥である”という信念に対する反証は?
第10回セッションからの抜粋
P:夫は一日中働いているから,どんな状態になっているのか,わからないんです。カオスです。私の言うことを誰も聞いてくれません。みんな怒鳴ってばかり。
T:(略)
↓
家庭の問題状況に対処するために
ロールプレイ,家族療法,読書療法,看護婦の体験談
BDI 21点
自殺念慮の軽減,回復への期待
その後
再燃防止 認知的・行動的リハーサル
薬物療法の遵守 ← 行動的技法
↓
最終的にはリチウム療法と認知療法に
考察
標的
認知療法…絶望感(自殺念慮),低い自己評価,低い自己効力感
うつ病と薬物療法に関する非機能的態度
薬物療法…不眠,食欲低下,気力の低下,集中力の低下
再発防止
認知療法…心理社会的機能の維持と改善のための問題解決技能
長期薬物療法への遵守性促進
※ 留意点:認知療法の進め方が早すぎると,患者の負担と絶望を増す。