認知療法の臨床適用

Clinical Applications of Cognitive Therapy

 

文献紹介:うつ病に対する認知療法と薬物療法の併用療法

 

Wright, J.H.: Combined cognitive therapy and pharmacotherapy of depression.

In: Arthur Freeman & Frank M. Dattilio (Eds.):

Comprehensive Casebook of Cognitive Therapy, Plenum Press, New York, 1992.

 

症例  K夫人 32歳 主婦

      自殺念慮を伴う重症うつ病

      罹病期間  2カ月

     治療歴   精神分析的精神療法,抗うつ薬(nortriptyline

      家族歴   父: メランコリアへの傾向

            父方祖父: うつ病(両極性),自殺死

      生活歴・現病歴

            決して悪いことをしない完璧な子ども(両親の弁)

            低い自尊心(low self-esteem)…小さい頃から

            間抜けで,醜い少女(←親切で,よく勉強する,可愛い子)

            大学時代 抑うつ的になり,退学   “大うつ病”(未治療)

            3カ月後,気分の高揚,多動など(軽躁状態)

            2年後に結婚,結婚後最初の8年間に4人の子どもを出産

            30歳 子どもたちの行動異常に悩むようになる

            入院の前1年間 妻として,母親として,女としての自分の欠点に苦しむ

                「夫から離婚される」「 自分のしつけが悪いから,子どもが問題児になった」「 何をやっても駄目な主婦失格者」

 

入院後の評価・診断

     Medication Attitude Survey … 服薬に関わる認知

     BDI 37点(重度)

 

 

第1回セッション

 併用療法のための介入点

     1. 深い絶望感,自殺念慮

     2. 弱さを見せることには耐えられないという信念

        「こんなことくらい自分一人でできないと駄目だ」

        「苦しくても,微笑みを浮かべて,頑張ろう」

        「しっかりしなければいけない」

          ↓

          乏しい治療意欲  外来での薬物療法,精神療法への遵守性の問題,退院希望

 

  行動水準での介入から認知水準での介入への方針変更

     治療関係の樹立と自殺企図への配慮

  心理教育的アプローチpsychoeducational

  1. 簡単なうつ病の心理・生物学モデル(psychobiological model)の提示

 

   T:ひっきりなしに悩んでいると,身体を痛めてしまうのです。毎日,毎晩あなたのように落ち着かなくて,行ったり来たりしていると,身体の方も必要な休息がとれなくなってくる。身体が疲れてくると,悩みをうまく切り抜けられなくなる。身体にエネルギーがなくなって,悩みを解決できなくなっている,それが今のあなたです。

   P:心も身体もくたくたです。もうやっていけません。

   T:そういうときには,何ができそうか,考えてみることが大切です。いろいろと一緒に考えてみて,それから,どうしたらいいか決めませんか?

 

  2. 総合的・統合的アプローチ:認知療法と薬物療法の併用について

 

   P:治療がどうやって行われるのか聞かせていただいて,ありがとうございます。でも,家に帰らせていただけませんか? 何とかやってみますから。頑張れば,きっとすぐ良くなるでしょうから。

   T:うつ病になると,考え方が歪んでしまうのです。その点について調べてみませんか? それで気持ちが楽になるかもしれません。

   P:ええ(I guess so.)。

   T:あなたの考えておられることを整理してみましょう。

       「苦しくても,微笑みを浮かべて,頑張ろう」

       「本当に頑張れば,きっとすぐに良くなるに違いありません」

   P:私が言おうとしているのは,こういうことです。

       「問題なんか,あってはいけない」

       「問題があっても,それを人に見せてはいけない」

       「こんな問題は自分一人で処理できないといけない」

 

  3. 前提(silent assumptions),スキーマの説明:スキーマのもたらす不利益

 

   T:お子さんの問題のように,自分ではどうにもならない問題が起こったら,あなたはどんな気持ちになりますか?

   P:完全な失敗者のように感じて,出口が見えなくなります。

   T:まさにスキーマがあなたを追い込んでしまっていることになりますね。

       「問題なんか,あってはいけない」

       「問題があっても,何とか自分の力で完全に解決しなくてはいけない」

     でも,それができないとなると,どうなりますか?

   P:しばらくは頑張ってみて,駄目なようなら,あきらめます。

   T:そうなると,自殺を考えてしまう?

   P:ええ。

   T:少なくともその場合は,あなたのスキーマが悪い結果をもたらすことになるようですね。他に何か同じようなことはありませんか?

    P:いいえ。

   T:治療に影響しませんか? 「自分一人でやれないといけない」と考えていると,薬を飲んだり,精神療法を受けることを,どう思うでしょうか?

   P:おっしゃる意味はわかります。薬は飲んだり,飲まなかったりしました。精神療法も真剣には受けませんでした。

   T:あなたのそうした考え方は正しいかもしれませんが,でも間違っているかもしれません。大切なのは,そうした考え方は仮定にすぎないと,理解していることです。どう思いますか?

   P:たしかにそのために,どうにもならない深みにはまってしまうことは理解できます。これまで他人の助けを拒んできましたから。自分でやっていたら,もっと早く良くなっていたのに,と思うのです。

   T:あなたはずいぶん頑張ってこられた。でも,うつ病になったら,普通は薬と精神療法が必要なのです。うつ病をやっつけるためには,患者と治療者と薬が一緒になって,チームで努力するのが一番なのです。回復のための道具(tools)についてあなたに教えてあげたいのです。

 

  4. 治療計画の説明:次回セッションは薬物療法について

  5. 宿題:パンフレット(Coping with Depression),BDIの記録など

 

 

第2回セッション

  宿題の復習   パンフレット(Coping with Depression)による認知療法への導入

  病歴の再聴取  うつ病の病型と治療に関する心理教育(psychoeducation

 

 薬物療法に関する認知cognitions about medications

     質問紙 Medication Attitude Scale の活用

          質問例   薬物は松葉杖である

                私はいつも副作用が出る

                薬を飲んでいると,もっと集中できるようになる

 

 薬物療法の効果を促進するための認知行動的介入

  1. 自動思考の説明

 

   T:医師に薬を飲むように言われ,処方を手渡された場面を想像してください。どんなことを考えますか?

   P:薬なんかほしくない。誰にも知られたくない。そう思います。

   T:他には?

   P:無力感を覚えます。薬なんかに頼りたくない。たぶん薬をやめられなくなってしまう。

   T:その考えがどのくらい正しいか,検討してみましょう。

 

  2. 誘導的発見(guided discovery)による自動思考の非機能性の発見

  3. 思考記録(thought record):服薬に関する自動思考と合理的思考の記録

  4. 薬物療法のもたらす利益と不利益に関する情報提供

自殺念慮 中等度に減弱

 

第3回セッション

話題(agenda)

      1. 宿題の復習

      2. 薬物療法に関する疑問

      3. 子どもたちに対する罪責感への対処 

      4. 環境に対する関心の欠如

 

 服薬に関する思考記録

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  自動思考             合理的思考

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こんなことくらい自分一人    服薬して治療に専念すれば,

  の力でできなければ。      回復の可能性も大きくなるだろう。

 

  癖になってしまうだろう。 薬はできれば飲みたくない。

                  薬を飲んでも,自立性を失うことにはならないだろう。

                  抗うつ薬は癖にならないし。

 

  私は弱虫だ。          薬を飲んだからといって,弱虫になるわけではない。

                  うつ病は弱虫だけがなる病気ではない。

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子どもたちの問題に対する罪責感

彼女が望む子ども像   スーパー・キッド

                利口で,可愛くて,運動が上手で,社交的

→ 子どもの問題に果たす彼女の役割:否定的歪み

家庭全体が“病んでいる”という彼女の結論:何がしかの妥当性

完全主義的な基準の検討

家庭の問題に対する原因帰属について → よりバランスのとれたものへ

 

技能訓練(skills training)の必要性

 

    認知再構成法(cognitive restructuring)+ 技能訓練(skills training

 

  P:子どもたちも私のような失敗者になっていくのです。私の責任です。私,頭がまとまらないんです。どうしてやったらいいのか全くわからないんです。

T:あなたは“全くの失敗者”とか“どうしたらいいか全くわからない”と言われますが,その言葉がどのくらい妥当なものか調べてみませんか?

P:すこし大げさに考え過ぎているのかもわかりません。

 

元気のなさと無関心

“何もする気がしません。こんなに疲れて,やる気がなくなっていると

    きに,子どもに対する対応をどう変えればいいんでしょう。”

  → 活動記録,達成度と満足度の評価

 

 

第4,5回セッション

  セッションの内容をノートするように

 服薬に対する否定的認知 ← 心理教育的(psychoeducational)資料  

副作用に対する準備

  P:軽い副作用は薬が十分投与されている証拠だ,と先生が話してくれていたので,助かりました。でも,まだ気分は楽になりません。

  T:そのことについてどう思いますか?

  P:やっぱり思った通りだ。薬も何も効かない。でも,効き始めるのには時間がかかる,と先生が話しておられたし。

 

低い自己評価,家庭の問題への対処困難

活動記録 → 自信の回復と楽しい活動の増進

 

BDI 30点

    不眠,食欲低下,気力の低下

 

 

第6〜10回セッション

   抗うつ薬に炭酸リチウムを加薬

   父と祖父の病気に関する回想

     二人とも“致命的欠陥”を持っていた。そして,私も。

       ← “うつ病は致命的欠陥である”という信念に対する反証は?

 

第10回セッションからの抜粋

  P:夫は一日中働いているから,どんな状態になっているのか,わからないんです。カオスです。私の言うことを誰も聞いてくれません。みんな怒鳴ってばかり。

  T:(略)

              ↓

家庭の問題状況に対処するために

ロールプレイ,家族療法,読書療法,看護婦の体験談

 

BDI 21点

    自殺念慮の軽減,回復への期待

 

その後

 

再燃防止 認知的・行動的リハーサル

  薬物療法の遵守 ← 行動的技法

最終的にはリチウム療法と認知療法に

 

 

考察

 標的

   認知療法…絶望感(自殺念慮),低い自己評価,低い自己効力感

        うつ病と薬物療法に関する非機能的態度

  薬物療法…不眠,食欲低下,気力の低下,集中力の低下

 

再発防止

   認知療法…心理社会的機能の維持と改善のための問題解決技能

長期薬物療法への遵守性促進

 

※ 留意点:認知療法の進め方が早すぎると,患者の負担と絶望を増す。

 

  

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