認知療法と行動療法:反定立ではなく統合
認知療法と行動療法の間には理論的にも実践的にも対立はない。両者は対立するものではなく,相補的なものである。強迫性障害の場合,うつ病の合併例,強迫観念に対する確信が強い例,強迫行為を欠く例などで,行動療法の効果が得られにくい。
強迫観念(obsessions)の認知モデル
強迫観念の認知モデルが最近まで存在しなかった理由は,強迫観念が認知的なものだからである。
1 強迫観念が出現した直後に生じるものが自動思考であり,これに伴って感情的反応が認められる。
2 自動思考の内容は,「自分や他人に及ぶ被害に関して私は責任がある」というものである(perceived responsibility)。「もし何らかの手段を講じなければ,被害は発生しただろう」と信じ,患者は儀式的行為を行う。
3 強迫に関連するスキーマは責任の増大を伴う出来事によって賦活され,否定的自動思考をもたらす。
4 責任を内容とする否定的自動思考は将来の被害に対する不安を生み,不安を中和させる行動につながる。その行動は不安を軽減するが,さらに責任に関連する認知を持続させることになる。
5 治療の目的は患者が1/ 実際の責任の度合を知り,2/ 恐れていることが実際には起こらないこと,仮に起こったとしても,予想するほど壊滅的なものではないことを認識できるようにすることである。
6 行動療法では暴露法を行うことによって慣れ(habituation)をもたらそうとするが,認知療法では恐怖に直面することで再評価(reappraisal)を可能にする。
強迫観念と自動思考
【症例】 ある看護婦の例
P(患者):病院のごみ箱に薬を落としてしまったかもしれないと思うと,それが気になって,何度も見落としがないように確認していたら,1時間もかかってしまった。
T(治療者):もし確認しなかったら,どんなことになっていたと思いますか?
P:子どもが薬を見つけて飲んでしまう かもしれません。
T:どの程度そうなると思うのですか?
P:5パーセントくらい。
T:その他に考えることは?
P:確認するのは簡単です。自分が人のことを考えないために,子どもが病気になるのに比べたら,たいしたことではない。もし確認を怠ったら,私はそんな自分を許すことができないでしょう。もし注意しなかったら子どもが食べてしまうことだってありうるでしょうし,そうなれば明かに私の責任です。
T:どの程度そうだと思うのですか?
P:60パーセントくらい。もっと多いかもしれません。
認知療法の適用
1 暴露法や反応妨害法を容易にする
2 暴露法を用いながら再評価を促す
3 強迫観念に伴う抑うつを処理する
4 責任の回避と保証を執拗に求める態度を処理する
5 反復する強迫観念を処理する
暴露法や反応妨害法を容易にし,治療からの脱落を防止する
【症例】
病歴2年の主婦で,確認と洗浄強迫を認めた。暴露法と反応妨害法により確認儀式は軽減したが,果物など包装していない食物に触れたり,美容院で雑誌を手に取ることができなかった。手に服用中の薬剤が付着しているかもしれないという強迫観念が存在したためであった。もしそんなことがあったら,他人を汚染したことで罰せられるだろうと患者は思い込んでいた。矢印法を用いて自動思考が確認された。
暴露法を用いながら再評価を促す
【症例】
ある患者は,人を傷つけてしまうのでないかという強迫観念を意図的に繰り返してみた。そして,実際に行動の抑制がきかなくなって,相手を攻撃してしまうことになるのかどうかを検証した。彼は自制できたのだが,それは治療者がそばにいてくれたからだと主張した。治療者はその通りかもしれないと応じ,患者の見解に反対しなかった。その後,治療者は本当にそうかどうかを確かめるためにはどうすればよいかを患者に考えてもらった。そして,患者と一緒に新たな行動課題を決定した。
強迫観念に伴う抑うつを処理する
【症例】
10年に及ぶ強迫性障害の病歴を持つ患者は,自分の能力について同僚と比較しだすと強迫症状が強まった。たとえば,「俺は弱い人間だ」「俺はいつも折れてばかりいるので,人に先を越されてしまう」「自分の気持ちをうまく言えたためしがない。これから先も口下手なままだろう」「いつだって俺は何もかもを台なしにしてしまう」と考えると,憂うつになって,暴露法や反応妨害法も実行できなくなるのであった。
責任の回避と保証を執拗に求める態度を処理する
・強迫性障害の概念化を行う場合,責任という概念が中心になる。
・儀式的な強迫行為は,危害に荷担したことで責任を問われる可能性を回避するためであり,治療者に保証を執拗に求めるのは,責任を分散するためである。
・治療者の援助による暴露法,モデリング,宿題などが保証として働くことがある。
→ 治療者に告げずに計画し実行される宿題が重要になる。
【症例】
洗浄強迫のあるこの患者は2日間何とか手を洗わずにすんでいたが,まだ不安は消えなかった。
T:その不安にどう対処していますか?
P:家族は私の支えになってはくれません。何らかの支持を求めても,相手にしてくれません。手を洗わなかったら,とんでもないことになるという不安がとれないのです。
T:そういったことを家族には話しているのですか?
P:ガンか何かにかかってしまうという気がするんです。
T:危険なことがあるかどうか私に答えてほしいのですか?
P:何も起こらないことを知りたいだけなんです。
T:これまで手を洗うことで感染するのではないかという気持ちが持続することを見てきたと思うのですが?
P:手を洗わないことの不快感は少なくなってはいますが,まだ心配で一杯なんです。
T:私に気持ちを落ち着けてもらいたいのですか?
P:どうしてそうしてもらえないんですか?
T:大丈夫だと私が今言ってあげると,その効果はどのくらい続きそうですか?1週間もちますか?1週間持続するためには何度私が保証してあげる必要があるのですか?
P:何度言ってもらっても1週間はもちません。
T:それでは私が精一杯あなたの気持ちを静めてあげたとして,どのくらいそれが続きそうですか?
P:この次に「危険な」ものにさわるまでは。
T: 5分か10分くらいですか?
P:何かうつらないか,それを知る必要があるんです。他の人に聞く必要があるんです。でも,尋ねてばかりいると,家族が不機嫌になるんです。
T:それでは,どうすればいいか一緒に考えてみましょうか?
反復する強迫観念を処理する
・強迫行為がなく強迫観念だけが前景にある場合,すなわち,不安を緩和する儀式的・回避的行動が顕在性でなく潜在性である場合(つまり認知的水準での緩和が中心となる場合)がある。この場合も,強迫観念に引き続いて否定的自動思考が生じ,それが不安をもたらすという公式が成立する。
・治療の目標は,脳裏に侵入してくる思考(intrusive thoughts)が存在したとしても,そこにそれ以上の意味がないことを患者が認識できることである。
・侵入的な思考に「慣れる」ためには,そうした思考を予期する形で生じさせて,それに対応するとよい。
・一つの方法として,その思考内容を録音し,そのテープを繰り返し聞くことがある。最初はそれに伴って生じる不安が少ない場面で練習し,やがて少しずつ困難を覚えている場面に進むようにするのである。(テープによる慣れと反応妨害法)