1.はじめに
平成17年7月28日から7月30日の3日間、美馬郡つるぎ町の東福寺で行われた三日坊主修行に、ボランティアとして、また、子どもたちの先生として参加させていただいた。
三日坊主修行は、小学生を対象とし、仏教の教えや修行を通じて、「辛抱」や「思いやり」、「協調」を養い、交流により「親睦」と「相互によいこころを発見」する目的をもち、毎年夏休みに行われている東福寺独自の教育活動である。 今回初めて三日坊主修行に参加させていただき、子どもの教育について、学校教育の現場では感じられない教育観を感じ取ったとともに、三日間を通じて子どもたちの生きるエネルギーを感じ取った。
本報告では、三日坊主修行で感じ取った子どもたちの変化や自分自身の変化を報告するとともに、現代に生きる子どもたちが人間としてより良く生きていくために、育むべき教育観や道徳観について示唆したことを述べる。
2.三日坊主修行の概要―子どもの心を育む教育―
子どもたちは親御さんに作ってもらった一休さんスタイルの衣装に身を包み、これから始まる三日間に期待と不安の面持ちで今か今かと始まりを待っていた。この衣装に親子で採寸をする姿や、一針一針に込められた親御さんの愛情に感じながら、子どもたちのいろいろな表情を伺えた。
入山式では、正座をし、姿勢を正して住職さんのお話に耳を傾ける子どもたちや三日間の約束を大きな返事で交わす子どもたちの真剣な姿に圧倒させられたとともに、優しく時に厳しく語りかける住職さんの愛情ある温かさを私自身、また、子どもたちも感じ取っていたと思う。 このころから活動を班でまとまって行えるよう班づくりを行い、初めての活動である箸づくりを行った。1年生の子どもたちもナイフを使い自分の箸を丁寧に削り、つかみ具合を確認しながら作業が行えていた。ナイフの危険性やお箸で食べることのありがたさを自分の手で実感することができた経験であった。
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食事では自分の力となる食物や食事を与えてくれる親、作ってくれた人に感謝するとともに、自分が立派な人間となるために食べることを誓い、食事をする意味やありがたさ、感謝する心を育む。食事はみんなが食べ終わるまで正座をし、嫌いなものでも最後まで残さず食べさせ、みんなで食べ終わるまで応援する気持ちをもち、待たせる。待ってもらう者の中に、感謝の気持ちと努力を育むとともに、両者の根気や強さを育むものであった。「ひとりがみんなのために、みんながひとりのために」の精神を子どもたちの中に培ったように感じた。また、子どもたちは食べ物とのつながりを体で実感することが出来たと感じる。
子どもたちはおかわりや最後に食べ終わったお皿をきれいにゆすぐお茶をもらう際には、子どもたちは手を上げて自分の意思を示す。住職さんや教師は配膳を行うことや食事作法の指導を行い、子どもたちを温かく、時に厳しく、ひとり一人の子どもたちに視線を注ぐ。ひとり一人の姿に目を向ける姿勢を学ぶとともに、ひとり一人と言葉を交わすことの大切さを改めて実感した。
2日目のお昼には流しソーメンを行った。みんなで囲む流しソーメンに子どもたちの表情からは笑顔がこぼれていた。1日目の修行から、みんなで分け与える精神が子どもたちの中に生まれてように感じた。
2日目の夕食には、みんなでカレーライスの調理を行った。班で役割分担を決め、話し合い、協力しながら材料を切り分けられていた。自分たちで作ったお手製のカレーライスに、おかわりをする子どもたちが多かった。
朝晩に唱える般若心経(お勤め)は、何回も繰り返して行うことによって、子どもたちの念じる心や集中力、自分の声や息を感じることによって最大限の自分を発揮する気持ちを生み出すものであった。
オリエンテーリングでは、川辺や山辺を歩きながら守り本尊を巡拝し、合掌したのち、巡拝を記すスタンプを押す。私が付いた班では、男女や学年差から歩く早さに差が出た。しかしながら、リーダーのもと歩く順を変えたり、みんなの歩調を合わすなどを行い、最後まで班で行動を共にすることが出来ていた。また、子どもの中には「頑張れ」と励ます声や「一度休憩しよう」などと仲間の調和を高める声がかけられ、子どもたちの成長ぶりが伺えた。オリエンテーリング後のお茶と氷砂糖に、子どもたちは生き返る思いであったと思う。子どもたちの表情が険しいものから優しい表情、達成感に満ちた表情へと変わっ
ていた。班で集まり仲良く過ごす姿も伺え、協力性や連帯感が強くなったように感じた。 オリエンテーリング後、住職さんの法話と座禅の1時間半、子どもたちは座禅を行った。無の時間は精神の集中であり、自分との戦いであったと感じる。自分のこと、家族のことを考える機会を与えられ、子どもたちは自分自身と対話を行った。自分という生きた存在を感じることができたのか、座禅が終わった後の子どもたちの表情は朗らかであった。それは開放感だけでなく、何かに満ちたものであったと感じた。子どもたちから、辛かったなどの言葉は聞かなかった。
水力発電所の見学では、水力発電の仕組みを知るとともに、自分で電気を起こすことへの興味など、積極的な子どもたちの姿が伺えた。子どもたちは、自然と自分たちの身近な生活が関係していることを見て、感じ、考えることによって学んでいた。
キャンプファイヤーでは、各班それぞれに個性ある出し物(歌や劇、漫才など)をみんなに発表できていた。子どもたちは休憩時間に集まり、それぞれの出し物を考え、練習を行っていた。教師として、子どもたちの練習の成果が発揮されるよう、それまでのキャンプファイヤーの流れの中で、メリハリをつけながら子どもたちが楽しめるよう、また、ただ楽しむだけでなく、子どもたちに感じてもらいたいことを伝えていくことが大切であることを学んだ。そのための環境づくり、教師の働きかけのタイミングや注意のむけ方、声の出し方の重要性を学んだ。
キャンプファイヤーを通じてみんなが一体化し、子どもたちがこのキャンプを振り返り、学ぶものでなければならないと実感した。
最終日には、3日間感じたものをもとに感想文を思いのままに書いた。どの子も自分の思いのままに作文用紙に綴っていた。中には作文が進まない子どももいたが、3日間を振り替えさせると、自然と筆が進んだ。作文指導は、子どもたちのありのままの気持ちを表現することが出来る。作文を書くことによって、自分や他人を感じ考えることが出来き、主張や協調、豊な心、深い理解力を養うということを学んだ。
3.三日坊主修行を体験して
(1)子どもたちの変化
他府県からの参加者も少なくなく、初めての体験に入山式前は緊張した面持ちであったが、いったんプログラムが始まると、すぐに子どもたちは仲良くなっていった。班のグループ編成も異学年、男女混合で構成されていたが、各プログラムにおいては班で結束し、


進められていたように感じた。それも、ご飯やお勤めなどの日常生活の基礎・基本の中に、他者を感じ、思いやる心の精神が育まれていることにあると感じた。ある子どもがお手洗いに行きって帰って来た際に、みんなを待たせていることに気づき、自然と自分の口から「ご迷惑をおかけしてすいません」という言葉が出た。次の日、ご住職さんはこの子どもの行いをみんなの前で褒められた。その際には、子どもたち全員に昨日のその行為について振り返らせ、良い行いについてみんなで共有しあわせていた。みんなで善悪を共有することは、子どもたちの判断力を高めさせることにつながるとともに、人間理解にもつながっていくと感じた。
行き帰りを共にした、協力校の子どもたちから感じ取った変化を述べると、行きは元気が良く、注意を聞かない落ち着きのなさや行儀の悪さ、我慢が出来ない姿を感じていた。注意を聞かずやんちゃであったAくんは、オリエンテーションの際にチームの友だちに誰よりも先に「頑張れ」と声をかけていた。落ち着きがなくそわそわしていたBくんは、座禅の時、誰よりも背筋が伸びており、姿勢を崩さなかった。三日間が終わり帰る際には、席にしっかりと腰をつけて座り、注意を行なうことなく、三日間の思い出を楽しそうに語ってくれた。子どもの三日間の変わりようには、大変驚かされた。背筋がピンと伸びる姿勢、それから物事に取り組む姿勢、三日坊主修行に参加した子どもたちの姿勢が本当に正しくなったことを感じた。
帰りに行うアンケートは20〜30分はかかるもので、きちんと答えてもらえるか心配であったが、全ての項目において元気よく答えてくれた。真に人と向き合う姿勢が育まれたように感じた。厳しさと楽しさのメリハリが子どもたちの心や体を引き締め、子どもたちは本当の意味での充実感を感じたと思う。
(2)自分自身の変化
子どもと関わる自分自身の未熟さを実感させられた。この経験がなければ、今までの経験に満足し、自分自身の教育心が変わることがなかったと思う。三日坊主修行から帰ってきた私は、心が挫かれた気持ちであった。その時に、住職さんから紹介があった、ドロシー・ロー・ノルトレイチャル・ハリスさんの『子どもが育つ魔法の言葉』にヒントを得る思いで読んだ。教師として子どもたちの成長に働きかける言葉や手本となる姿を示すことが出来ていなかったことを感じた。
三日間接してきた子どもたちには様々な個性があった。子どもの興味・関心もひとり一人が異なっており、それらをきちんと受け止めて働きかけていくことがまだまだ未熟であったと感じている。今後の課題として、褒める言葉、子どもが考え学ぶ姿を後押しする言葉をひとり一人の子どもの成長を図かり、かけていきたい。
また、三日間の私は子どもを上手く叱ることが出来なかった。子どもの心に響くよう、分かりやすく気づかせることが大切であった。
子どもたちを生かしていくのは教師の大切な役目であると感じた。子どもたちがゆっくりとした時間の中で、懸命に学ぶことができるよう、教師として働きかけを行っていきたい。また、ゆっくりとした気持ちで子どもたちと向き合えるよう、これからもたくさんの経験をしながら、教師としての指導力、実践力、道徳観を磨いていきたいと感じている。
4.おわりに
子どもたちは2泊3日の「時間」と東福寺の「環境」中で、大切な仲間や家族、守らなければならない生きものたち(生物や食物)、本当の自分自身を感じることが出来たと思う。多くの命とともに生きていること、また、自分自身が生かされた存在であることに心や体で感じたことが子どもたちの成長につながっているのではないかと感じた。
住職さんと交わした決まりや約束は人間として、他の生きものとともに共存していくための最低限の道徳観であった。それは、子どもは失敗を経験しながら学んでいくものであることを含んだ故であることを感じた。
子どもたちは体験の中から“共に生きる”ということを心の中に刻み、自ら感じ、自ら学んだように思う。そこには、子どもたちの人間観を育むとともに、人間としてのあり方を育む教育の真の姿を感じた。
三日坊主修行から得られた教育観
