名誉教授 米澤義彦

文部科学省では,発展途上国の学校教員を「教員研修留学生(以下,研修生という。)」として受け入れ,わが国の各大学に振り分けて,半年間の日本語研修に引き続いて1年間の研修を行っている。

鳴門教育大学では,文部科学省の委託を受けて,1989年度から研修生を受け入れているが,ミャンマー連邦共和国(以下,ミャンマーという。)からは,1993年度から2013年度までに,あわせて16名の研修生を受け入れている。これらの研修生は帰国後それぞれの勤務先で活躍しているが,中には現在国際協力機構(以下,JICAという。)がミャンマーで実施している「初等教育カリキュラム改訂プロジェクト」に関わっているものもいる。彼らのうち,このプロジェクトの現地事務所の一つが置かれているヤンゴン市内のYankin Education College (以下,Yankin ECという。) の教育方法学の学科長を務めているMs. Naw Joannaなどから日本の教員養成システムや現職教員の研修制度などについての情報提供の依頼があり,JICAのプロジェクトに参加されている国語教育コースの小野由美子教授の尽力によって,帰国研修生を対象としたセミナーが開催されることになった。

このセミナーには,鳴門教育大学から小野教授のほかに,社会系コースの梅津正美教授(教育改革担当副学長)と私(米澤義彦),それに学部2年の田岡希望さんがアシスタントとして参加し,ミャンマーからは12名の帰国留学生が参加して,2016年8月28日にYankin ECの会議室で開催された。

さらに,前日(27日)の夕刻には,鳴門教育大学からの参加者の主催で,ナイロビ市内の日本料理店で帰国研修生に対する歓迎夕食会も開催されたので,この様子もあわせて報告する。

1.フォローアップセミナー

セミナーは8月28日(日)の午前9時半から,Yankin ECの会議室で開催された。

まず小野教授からセミナー開催の趣旨説明が行われたあと,梅津教授が「教育実践力の育成をめざす教員養成コア・カリキュラム-地域の学校との連携を通した修士課程カリキュラム改革-」と題して講演された。この中で梅津教授は,鳴門教育大学が「現職教員のレベルアップを図る」を目的として設立された大学院大学であること,および大学院修士課程と教員養成のための学部(4年制)を有することなどを説明された。続いて,現在鳴門教育大学に新しく設置されている「専門職大学院」や大学院の「長期履修制度」などの紹介をされた。最後に現在鳴門教育大学で行われている大学院や学部のカリキュラム改革,特に大学院修士課程に導入された「コアカリキュラム」について,その目的と意義について強調された。これに対して,参加者から「教員の教育実践力を高めるための方策は?」との質問があり,小野教授から「即効薬はない。教員個人の努力が必要である。」との,また梅津教授からは「教育実践研究を効率よく進めるためには,教員,学生,協力校をつなぐコーディネーターが必要であり,そのためには事務職員の協力が不可欠である。」との回答があった。これに対して,「学校の事務職員の能力が不足しているが,どのような方法で事務職員の能力を高めたらよいのか?」といった切実な質問もあった。

続いて,米澤が「インドネシアとケニアの授業観察から見た現職教員研修の手段としての授業研究の有効性と課題」と題して講演した。これは,現在世界各国で盛んに行われている「授業研究」について,インドネシアとケニアの状況について,その有効性と課題を「教科内容学」の立場から紹介したものである。要点は,「発展途上国で行われている授業研究は授業方法に重きが置かれており,生徒自身の教科内容の理解が忘れられているのではないか?」というものである。これに対して,ミャンマーでも現職教員のレベルアップを目的として「授業研究」が行われていること,また,11月からは新任教員の研修の一環として「授業研究」が導入されることなどが報告され,「授業研究」に対する鳴門教育大学の協力について要請があった。

これらの講演は日本語で行われたが,帰国研修生の一人であるDaw Myat Myat Khineさんが内容を「かみ砕いた」通訳をしてくださり,参加者にもその内容が十分伝わったようである。

Yankin ECの会議室におけるセミナーの様子。

2.ミャンマー-日本文化交流会

28日の午後には,Yankin ECの講堂で日本文化を紹介するMyanmar-Japan Culture Exchange(日本-ミャンマー文化交流会)が開催された。これは小野教授の提案で,帰国研修生やYankinn ECの学生,あるいは一般の方々に日本の伝統芸能を知ってもらおうと企画されたものである。この会では,アメリカ在住で小野教授とは旧知のMs. Mary Mariko Ohnoさんの日本舞踊と三味線の演奏,Maryさんの兄で,日本在住のMr. Clarence Kiyoshi Hirakawaさんのウクレレの演奏,Myanmar在住のMs. Su Zar Zar さん(東京藝術大学で博士号を取得)の竪琴(Burmese Harp)の演奏などが行われた。また,この文化交流会では,世界初となる三味線と竪琴,それにウクレレのコラボレーションによる演奏も披露され,訪れた人々から大きな拍手を受けた。なお,この交流会は地元のテレビ局の取材もあり,28日の夕方のニュースで放映されたとのことである。

ミャンマー-日本文化交流会における竪琴,ウクレレ,三味線のコラボレーション。左から,竪琴のSu Sar Sarさん,ベースのPan Thangさん,ウクレレのClarence Hirakawaさん,三味線のMary Ohnoさん。

3.歓迎夕食会

セミナー前日の27日(土)の夕刻には,ヤンゴン市内の日本料理店で歓迎夕食会が開催された。私たち鳴門からの参加者が会場に到着したときには,ミャンマーからの参加者は,すでにほぼ全員が集まっており,温かい言葉を交えて私たちを迎えてくれた。

歓迎会は私(米澤)が進行係を務めた。まず,帰国研修生を代表して,ミャンマーからの最初の研修生であるNaw Joannaさんが「私たちの心のふるさとである鳴門教育大学から3人の先生を迎えて,セミナーを開催していただけることは大変うれしい。ミャンマーでは今教育改革が進行中で,今回の経験がきっと役に立つと思う。」と挨拶をされた後,食事を取りながら鳴門での想い出話に花が咲いた。帰国研修生の中には今回初めて顔を合わしたものもおり,いろいろな情報交換を行ったいたようである(ミャンマー語での会話であるため,残念ながら,その内容は理解できなかった)。

途中で,帰国研修生一人ひとりに研修を終えて帰国してからの様子を日本語で紹介してもらった。帰国してかなりの年月が経過した研修生は「日本語を使う機会がないので,忘れてしまいました。」と話していたが,中には「日本語を忘れないようにするため,毎日30分以上日本語の勉強をしている」という研修生もいて,ほかの研修生が日本語に詰まった時には助け船を出したりしていた。

彼らが異口同音のように話したのは,「鳴門教育大学の先生方に親切に指導してもらって,研修がとても有意義であった」ということであった。お世辞も半分くらいは入っているかも知れないが,「鳴門での経験が自分たちの教員としての資質を高めるのに役に立っている」という発言は,世話をした私どもにとって何よりうれしいことであった。

歓迎夕食会における記念写真。

4.おわりに

ミャンマーでは2011年の民政移管後に発足した新政権が「基礎教育の拡充」を重点課題の一つとして掲げ,国家教育法の制定や教育基本法の改訂,学制改革や基礎教育行政の地方分権化など,大規模な教育改革に着手している。この教育改革の最優先課題は,「基礎教育初等レベルにおける児童中心型教育(Child-Centered Approach, CCA)の効果的実施」である。

日本政府がJICAを通じて行っている教育支援もこの改革を支えるものであるが,現在進行中の「初等教育カリキュラム改訂プロジェクト」にあわせて,初等教育の教員養成も現行の2年制から4年制への転換が準備されている。そのため,教員養成カレッジ(EC)では新しい教員養成カリキュラムの編成が急務となっているが,このような教育改革の「嵐」の中で,鳴門教育大学で学んだ研修生がその中心となって活躍し,また彼らが引き続き支援を求めていることは,本学にとって大変喜ばしいことであり,重く受け止める必要があると思われる。

日本国内の教員養成系大学・学部のおかれている現状は非常に厳しいものであるが,鳴門教育大学がこれまでに培ってきた発展途上国に対する教育支援のノウハウは,このような状況の中でこそ「力」を発揮するのではないかと思われる。ミャンマー以外の発展途上国でも鳴門教育大学で学んだ多くの現職教員や初等・中等教育の指導者が活躍している。

彼らとのつながりを一層強固にすることによって鳴門教育大学の進むべき道が開かれてくると信じて,稿を閉じたい。

最終更新日:2016年12月14日