米澤研究室3 鳴門教育大学 生物学分野 米澤研究室




ハプロパップス Haplopappus gracilis
1.染色体の構造変化による種分化

 転座や逆位といった染色体の構造変化が原因となって種分化を起こしてきたという考え方は古くから存在するが,その道筋を実験的に確かめた例はまだない。そこで,人為的に染色体の構造変化を誘発して,それが種分化につながるような外部形態の変化を生ずるか否かを検討することとした。具体的には,北アメリカ大陸原産の一年生キク科植物ハプロパップス Haplopappus gracilis (2n=4) の種子にX線や中性子線を照射して現れてくる染色体突然変異の中で生き残ってくる突然変異を分析し,それがどのような外部形態の変化をもたらすかを解析した。

 残念ながら,これまでに個体全体で同一の染色体の構造変化を有する個体は1個体しか得られていない。その上,この個体の外部形態は正常な染色体を有する個体のそれと区別できなかった。したがって,現在までのところ,問題解決までの「道のりは遠い」といわざるを得ない。ただ,この研究の過程で,「生き残る」構造変化と「生き残れない」構造変化のあることがわかり, H. gracilis の染色体の持つ特異性が明らかになった(関連文献107参照)。

 一方,最近の研究によって,染色体末端や動原体部分には特異的なDNAの配列があり,これが染色体構造を維持するうえで重要な役割を演じていることがわかってきた。したがって,染色体の構造変化が生じそれが安定して子孫に伝わるためには,これら染色体末端や動原体部分がどのような行動を取るのかが鍵を握っていることになる。そこで,私たちは,染色体の構造変化と染色体末端や動原体の関係について,前述の H. gracilis (2n=4)を材料として解明を試みてきた。

 この H. gracilis n=2の染色体は,近縁種である H. ravenii (2n=8)n=4の染色体の切断と融合によって導かれたものと推定されている。もし,この推定が正しいとすれば,n=4n=2へと染色体数が減少する過程で,動原体の数も4→2に減少しなくてはならない。また,染色体末端も8→4に減少しなくてはならない。それでは減少した動原体や染色体末端はどこに行ったのであろうか?

 私たちの研究結果は, H.ravenii の4個のうちの2個の動原体は,不活性化した形で H. gracilis の染色体内に内在している可能性を示した(関連文献108参照)。また, H. gracilis の染色体内2個所に,本来ならば染色体末端にあるべきDNAの塩基配列がわずかではあるが残存していることを見いだし,この部分で染色体末端が融合した結果であると結論づけた(関連文献109参照)。

☆1の課題についての主な研究論文


ノジギク Chrysanthemum japonense
2.雑種形成と倍数化による種分化

 種分化のもう一つの道筋に雑種形成があり,これを最初に実験的に確かめようとしたのはコムギの研究で世界的に知られている木原 均博士である。木原博士は自分自身が開発されたゲノム分析という方法によって,パンコムギが栽培されている二粒系コムギと野生のタルホコムギの雑種起源であることを明らかにするとともに,実際に雑種を作出された。しかし,残念ながらこの雑種は現存するパンコムギとはかなり異なる表現型を示し,「種分化」には時間のファクターが不可欠であることが改めて認識された。

 日本産の野生ギクは,x=9を基本として,二倍体から十倍体までが生育していることが知られている。この中で六倍体のノジギク Chrysanthemum japonense は日本の野生ギクを代表するものであるが,二倍体のリュウノウギク C. makinoi と四倍体のシマカンギク C. indicum の「血」を引くものと考えられている。しかし,その形成機構は未だ不明である。もし,ノジギクがリュウノウギクとシマカンギクとの雑種起源であるならば,リュウノウギクとシマカンギクの分布が接する地域には,両種の雑種が存在するはずである。この雑種を見つけて細胞遺伝学的な分析を行えば,ノジギクの起源を明らかにする糸口が見つかるはずである。

 私たちは,このような考えのもとに,現在「幻の雑種」を求めて日本各地を調査し,現在までに,徳島県徳島市と鳴門市,兵庫県淡路島,宮崎県延岡市などで両者の雑種と考えられる個体群を見いだし,それらがいずれも四倍体であることを確認した。また,リュウノウギクとシマカンギクの人為雑種では,三倍体や四倍体のほか六倍体も形成されることも確認した。しかし,自然集団では六倍体の雑種はもとより,三倍体の雑種も未だ見いだされていない。その原因は何か? 私たちの「幻の雑種」探しは,これからも当分続きそうである。

☆2の課題についての主な研究論文


3.生物分野の実験教材の開発と改良

 中学校や高等学校の生物分野の実験の中には,私たち研究者から見ると,「どうしてこの材料を使っているのか?」とか「どうしてこの方法にこだわっているのか?」など,疑問に感じる材料や方法が少なくない。中学校や高等学校の教員にその理由を尋ねると,「昔から使われているから」とか「入試に出るから」とかといった回答のほかに,「新しい材料や方法を開発する余裕がない」といった回答が寄せられている。

 そこで,わたしたちの研究室では,「使いにくいけれども仕方なく使っている」材料や方法の見直し作業を進めている。その成果として,現在私たちが普及活動に力を入れているのが,「酢酸ダーリア液による体細胞分裂の観察法」である。

 従来から,「体細胞分裂の観察」は中学校や高等学校における定番の生徒実験でありながら,中学校や高等学校の教員から「うまくいかない」とか「クラスの1割程度の生徒しか分裂像を見つけられない」といった声が聞こえていた。その理由を尋ねてまとめてみると,

@染色がうまくいかない。
A細胞が散らばらない。
B材料の余裕がなく,プレパラートの作り直しができない。
C1時間(50分)の授業では,プレパラートの作製と観察の両方を行うのが難しい。

等であった。特に@の理由が圧倒的であったが,うまくいかない理由は簡単であった。すなわち,多くの教員が「市販」の染色液(酢酸オルセイン液や酢酸カーミン液)を利用しており,この市販の「染色液」に問題があることがわかった。要は,「染色液」が悪かったのである。

 酢酸オルセイン液や酢酸カーミン液を調製するときには,色素を吟味したり,酢酸に溶解する際に1時間程度の時間をかけたりしなくてはいけないことは,これらの染色液を日常的に使用している専門の研究者にとっては当たり前のことであるが,学校現場ではこれらのことがおざなりになっていたようである。

現在,私たちが推奨している方法の特徴は,

@染色液として,酢酸ダーリア液を使用する。
A押しつぶしの作業の前に,細胞を「散らす」ための作業を入れる。
B材料として,タマネギ又はネギの発芽種子を使用する。
C押しつぶしの際に,封入剤として50%グリセリン液を使用する。

であり,これらは前述の「うまくいかない」理由を克服するための方法である。

 なお,実験方法の詳細は,「中学生でも失敗しない体細胞分裂の観察法」(pdfファイル)を参考にしていただきたい。

☆3の課題についての主な研究論文







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