「酸とアルカリ」の理解を深める、学習展開及び教材・教具の工夫

     ――「水素イオン濃度」や「pH」にあたる概念を視覚的にとらえる――

                      学校改善コース    加藤 文人

                      学校改善コース    藤森 弘子

                      自然系(理科)コース 那須 悦代 

 

T はじめに

文部科学省は512日、全国の小中学生約45万人に実施した学力テストの結果の分析報告書を公表した。理科について、報告書は全体の傾向として、子どもたちの「理科にかかわる日常体験の不足」を指摘した。

「酸とアルカリ」の学習は小学校理科から始まって、中学校理科を経て、高校化学へとつながっているはずだが、高校生の中にも「身の回りの物質」として「酸とアルカリ」が十分理解できていない場合がある。

中学校学習指導要領理科を見ると、第2節各分野の目標及び内容、第1分野(2)身の回りの物質で、酸、アルカリを用いた実験を行い、酸、アルカリの性質を見いだすこと、酸性、アルカリ性の水溶液の特徴を取り上げることになっている。しかし、教科書に示されている実験では、身の回りの物質というよりは、塩酸、水酸化ナトリウム水溶液、アンモニア水などの薬品が取り上げられている。教科書によっては、参考資料として、身近な物質が一部取り上げられている程度である。

そこで、「身近な物質の酸性・アルカリ性をどのように調べるか?また、どのように比べるか?」ということについて、生徒自身の議論を経て、「どの指示薬を選択すればよいか」という発展的内容(「水素イオン濃度」や「pH」にあたる概念を視覚的にとらえる)へむすびつけたい。例えば、中学校〜高校では、小学校で使用したリトマス紙以外の指示薬を使用することが多くなる。その理由の科学的根拠を、少しでも探究させる学習展開を考えたい。 また、限られた授業時間内で取り上げるため、生徒たちの理解を助ける演示用の教具を製作した。

 

U 学習指導案(展開例)

〈ねらい〉  身近な物質の酸性・アルカリ性を調べる。

   学習活動

  指導上の留意点

1 身の回りにある酸性・アルカリ性の物質を発表する。

2 酸性・アルカリ性の物質の調べ方を考える。

3 いろいろな指示薬の色の変化を

 見る。(演示実験+資料)

 

4 指示薬を選択して、身の回りの物

 質の酸性・アルカリ性を調べる。

          (生徒実験)

 

 

 

Misconceptionも含めて黒板に書く。

結論は言わない。

 

 

それぞれの指示薬について、説明する。

溶液のpHによって指示薬の色の違い

がよくわかるように、準備する。

pHのちがいによって、指示薬の色の変化が確認されたことを説明する。

いくつかの指示薬を組み合わせることによって、単に酸性アルカリ性の区別だけでなく、pHを絞り込むことができることを説明する。

 

 

V 教具「黒板演示用試験管立て」の製作

 

(1)アクリル板を図1のような大きさに切る。

(2)上と下になる部分にボール盤で穴をあける。

      (上:試験管が入る程度)

    (下:直径1cm) 

(3)点線部分に熱を加えて、柔らかくなったら

   直角に曲げる。 

(4)背面に両面テープで板磁石を貼り付ける。

 

 制作費:約850円/個 

 参  考:妻木貴雄先生(筑波大学附属高等学校)

考案

 

 

 図1.試験管立設計図

 

W 指示薬の変色域 

いろいろな指示薬や身の回りの物質で指示薬として用いられる物質について、変色域を調べ、検討した。

各溶液のpHについては、酸性側では塩酸、アルカリ性側では水酸化ナトリウム水溶液を用いて調整し、簡易pHメーターで確認をした。実験では、まずpH=1の塩酸を調整し、それを10倍づつ薄めてpH=2〜6の溶液を調整しようとした。しかし、pH=4〜6をつくるためには、実際には1215倍に薄めなくてはならず、 試行錯誤をした。次にpH=13の水酸化ナトリウム水溶液を10倍ずつ薄めていったが、酸性側と同様pH10〜7については、10倍以上に薄めなくてはならなかった。特に、pH=8と7付近は調整が難しく、また空気中の二酸化炭素も無視できないため、以降の実験を速やかに行うよう心掛けた。

植物に含まれる色素については、湯で約5分間加熱して抽出した。

 

  図2.BTB溶液の変色域  

  図3.メチルオレンジの変色域

  図4.リトマス溶液の変色域

  図5.フェノールフタレイン溶液の変色域

  図6.ぶどうジュースの変色域

  図7.ムラサキキャベツに含まれる色素の変色域

  図8.ムラサキゴテンに含まれる色素の変色域

  図9.赤ジソに含まれる色素の変色域

  図10.ターメリック(ウコン)に含まれる色素の変色域

 

X 身の回りの物質のpHと指示薬の変色

 授業で生徒たちが準備しそうな身近な物質(10種類)について、指示薬(5種類)で調べた。写真中の記号に対応する指示薬は以下のとおりである。

 

 BTB:ブロモチモールブルー MO:メチルオレンジ リ:リトマス溶液

Phe:フェノールフタレイン  ぶ:ぶどうジュース

pH値は、pHメーターを用いて測定したもの

 

 

 

  図11.身の周りの物質と指示薬の変色@

 

 

 

  図12.身の回りの物質と指示薬の変色A

 

 

  図13.身の回りの物質と指示薬の変色B

 

 

  図14.身の回りの物質と指示薬の変色C

 

 

(参考資料) 身の回りの物質のpH

 

青インク

胃液

レモン

コーラ

りんご

スポーツ飲料

乳酸飲料

ビール

日本茶

コーヒー

0.   81.5

1.52.0

1.5付近

2.58

3.0付近

3.04.0

3.7

4.5付近

4.56.0

5.06.5

水道水

牛乳

尿

唾液

血液

井戸水

海水

石けん液

6.5付近

6.2付近

4.88.0

7.08.0

7.2

5.07.5

7.42

7.08.0

8.08.5

7.010.0

主にhttp://global.horiba.com/story/ph/ph03_01.htm.

参照:理科年表ジュニア(丸善)

 

Y まとめ

今回は実際の授業で試みていないが、身の回りの物質を取り上げることで、生徒の関心を高め、理解を深める効果があるものと思われる。

黒板で演示することで、学級全体の意識を、次の生徒実験の段階へと結びつけるように展開を工夫したい。

多種の指示薬があり、実際の授業で演示できるのはせいぜい1、2種類の指示薬であろう。他の指示薬については、今回変色域を画像データとして得ることができたので、印刷物として、あるいは視聴覚機器を用いて提示することができる。

今回、リトマス溶液の変色域が、酸性側に偏っていることを確認することができた。探究活動で酸性雨を調べる場合など、弱酸性条件でリトマス紙を利用する際には注意が必要である。

指示薬として、キキョウの花、ムラサキ芋粉末、ハーブティーも有効であるが、今回は確認することができなかった。ぶどうジュース、シソジュースは、濃い製品が準備できればもっと良い結果が得られたと考えられる。

身の回りの物質には、それ自身に色のついたものがあり、実験の妨げになることもあるので、そのことを考慮しなくてはならない。

また、黒板演示用試験管立てについては、他の授業展開でも応用することが可能であると感じた。

なお、本課題研究を行うにあたり、喜多 雅一助教授に助言をいただいたので、記して感謝する。

 

Z 文献

 「学習指導要領(中学校理科)」(平成1012月) (文部省)

 「中学校理科(第1分野)」の教科書 (啓林館・東京書籍・学校図書・大日本図書)

 「理科年表 ジュニア」(第2版), 2003. (丸善株式会社)p.157.

 

[ 参考にしたホームページ

 http://global.horiba.com/story/ph/ph03_01.htm