マイマイガについて



フェロモンを放出している
マイマイガのメス
交尾中のマイマイガ
手前の黒い個体がオス


マイマイガ Lymantria dispar とは?

 マイマイガ Lymantria dispar は,森林および果樹の葉を食べるいわゆる「害虫」で,ほぼ北半球の温帯地方全域に分布しているガです。といっても,もともとは新大陸には分布していませんでした。1896年に出版された"The Gypsy Moth"(マイマイガの英名)という本によると,1868年または1869年に Leopold Trouvelot というフランス人が,カイコのように絹糸を取ろうとしてアメリカに持ち込んだ幼虫が脱走したため,彼の住んでいた Medford の Myrtle Street 27番地を中心に分布を広げてしまったようです。初期のマイマイガの分布図を見ると,この町のあったニューイングランドから西へと同心円状に分布が拡大していった様子がわかります。日本でも,1970年代初めに一時期,アメリカシロヒトリという外来のガが大問題になったことがありましたが,アメリカでのマイマイガの問題は当時から今日までずっと続いていて,その防除も含めて膨大な研究があります。

 マイマイガはドクガ科に属していますが,基本的に毒はありません。「基本的に」と書いたのは,一齢幼虫には毒があるという古い報告があるようなのです。幼虫はブランコ毛虫ともいわれ,春から初夏にかけてサクラの木などでよく見かける典型的な「毛虫」です。この幼虫は,アメリカシロヒトリやオビカレハのように糸をはいて天幕のような巣を作ったり,集団で行動したりはせず,一齢幼虫で糸をはいてブランコのように風に飛ばされて分散した後は,単独で行動します。幼虫は主に夜行性で,昼間は葉の裏や木の幹でじっとしており,夜になるとせっせと葉を食べます。幼虫の特徴の一つに,頭部の模様があります。頭部を正面から見ると薄茶色の地に焦げ茶の八の字模様があって,何とも言えない愛嬌のある顔をしているのです。近縁のものに,ノンネマイマイやカシワマイマイなどがあり,これらも同様の八の字模様を持っています。

 マイマイガの名前の由来は,その飛び方にあるといわれています。初夏の昼間,オスがひらひらと飛び回る姿からきているというのです。学名の種小名disparは,成虫のオスとメスの色や大きさが非常に異なっていることから来ていて,「ペアでない」という意味を持っています。ロシア語名のнепарный шелкопрядも同様の意味を持っています。また,英名のgypsy mothというのは,オスの焦げ茶色の体色からきているそうです。

メスはいつ,どのように飛ぶのか?

 私は学生時代からこの蛾の行動を調べていました。最初のうちは,飛び回るオスを追跡してどのような物体(建物や木)にどのように反応するかを見ていましたが,そのうちにメスの行動に興味を持つようになりました。これまでアジア型のマイマイガのメスは飛翔することは知られていましたが(アメリカのものは飛翔能力が低い),実際にはどのような場合に飛翔するのかはよくわかっていませんでした。しかし,網室の中で観察した結果,主に産卵前の既交尾メスが産卵場所に移動するために日没後の限られた時間に飛び回ることがわかりました(参考文献1, 2)。マイマイガのメスが卵や幼虫の生存を高めるような産卵場所を選ぶことは,過去の研究でわかっていましたが,実際に日没後にメスが卵でいっぱいの重たいお腹をものともせずに飛び回る姿を見たときには驚きました。

オスの行動

 このメスの行動を観察するためにメスを室内で交尾させていたのですが,その過程で今度はオスの面白い行動に気がつきました。交尾中に他のオスが交尾しようとすると,通常は30分から1時間程度で終わる交尾が,もっと延長するようなのです。実際に調べてみると,そのような場合は交尾がすぐに終了せず,日没まで続く事がわかりました。至近的な要因としては,後から来たオスが交尾しようとして交尾ペアの交尾器付近を刺激することで交尾の延長が行われる可能性が考えられました。そこで,筆を用いて交尾ペアの交尾器付近を刺激してやると,実際に交尾が延長したのです。また,究極的な要因,すなわち交尾の延長の適応的意義としては,メスが産卵を開始するまで交尾し続けることで,メスが他のオスと交尾することを防ぐ,一種の「交尾栓」的な役割を果たしている事が考えられました。マイマイガのメスは通常生涯に一回しか交尾しませんが,産卵を開始する前にオスが来ると交尾することがあります。このように,複数回メスが交尾すると,一般的に鱗翅類では後から交尾したオスの精子が優先的に使われる事が多いのです。つまりオスは,せっかくメスと交尾しても,その後産卵までの間にそのメスが他のオスと交尾してしまうと,自分の精子が使われなくなってしまうのです。そこで,いくつかの種類ではオスが分泌物でメスの交尾口をふさぐことが知られています。これが交尾栓です。春の訪れを知らせるギフチョウや,白く美しい姿でファンの多いウスバシロチョウなどでは非常に大きな交尾栓が知られています。マイマイガのオスは交尾栓を作りませんが,自ら交尾したままになることによって,他のオスによる交尾を防ぎ,自分の精子によってメスの卵が受精されることを保証しようとしているのではないかと考えられます(参考文献 3)。実際にメスが複数回交尾した場合に,どのオスの精子を用いているのかについてはまだ解決していません。

 なお,このサイトを御覧になって,マイマイガの防除や駆除の方法について質問して来られる方が時々ありますが,私が行っているのはあくまでも配偶行動などについての行動学・行動生態学的観点からの研究です。応用的な研究は基本的には行っていませんし,防除や駆除に関しては専門家ではありません。せっかく質問して頂いても,責任持って適切にお答えすることはできませんので,御了承下さい。

参考文献

1) Koshio, C. 1996. Pre-ovipositional behaviour of the female gypsy moth, Lymantria dispar L. (Lepidoptera, Lymantriidae). Applied Entomology and Zoology 31: 1-10 63
2) Iwaizumi, R., Arakawa, K. and Koshio, C. 2010. Nocturnal flight activities of the female Asian gypsy moth, Lymantria dispar (Linnaeus) (Lepidoptera: Lymantriidae). Applied Entomology and Zoology 45: 121-128
3) Koshio, C. 1997. Mating strategies and variable mate guarding behavior of gypsy moth, Lymantria dispar L., males (Lepidoptera, Lymantriidae). Applied Entomology and Zoology 32: 273-281







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