ウスバツバメガについて




メスに多数集まって求愛するウスバツバメガのオスたち
中央の触角が細い個体がメス(村司誠氏撮影)


ウスバツバメガ Elcysma westwoodii とは?

 ウスバツバメガはしばしばウスバツバメとも言われます。ウスバツバメというとツバメの一種と思われることがしばしばありますが,これはマダラガ科に属する昼行性の蛾です。私は最近は誤解がないようにウスバツバメガと呼ぶようにしています。このガは鱗粉の少ない透明感のある白い羽根を持ち,後翅にはアゲハチョウのような尾状突起を持つことから,このような和名がついたと思われます。この蛾は主に西日本に分布しているので,関東に住んでいる人にはなじみがないでしょう。

 ウスバツバメガは年1化で,幼虫越冬し,前蛹での夏休眠を経て蛹になったのち,9月下旬から10月上旬に羽化します。幼虫は,サクラやウメなどのバラ科の木の葉を食べて成長します。幼虫は薄い黄色に黒い縦縞の目立つ模様をしていて,触ると体表から粘性の高い透明な液を分泌します。これは一種の防御物質であると言われており,この幼虫の派手な体色は警告色であると考えられています。同じマダラガ科に属する蛾の幼虫には,こうした防御物質をもつものが他にもいろいろと知られています。
 成虫を刺激した場合にも複眼の付け根などから白い泡を出しますが,これも防御物質であると言われています。

 成虫の活動時間は早朝と午後で,早朝には主にオスがメスを探索するために飛び回り,午後になるとメスが産卵場所に移動するために飛び回ります。オスが飛び回る早朝は,目覚めたばかりのお腹を空かした鳥による捕食の危険が高い時間帯であると思われますが,観察している間,一度も鳥による攻撃や捕食を見たことがありません。防御物質を持つ成虫の白い姿も,一種の警告色なのかもしれません。逆に言えば,鳥に攻撃されることがないからこそ,早朝飛び回ることができるのかもしれません。

 ウスバツバメガは昼行性の蛾ですが,夜行性の蛾と同様,オスがメスを探す際に,視覚だけでなく嗅覚の存在がまず大切であることが,実験的にわかっています。同じ昼行性の鱗翅類であるチョウのなかまでは,オスがメスを探す際にまず視覚が大切であることが,さまざまな種類で報告されています。昼行性であっても,蛾類の探雌行動は,チョウとはずいぶん違うようです。

ウスバツバメガとの三度の出会い

 このウスバツバメガに最初に出会ったのは高校生のときでした。私が通っていた奈良県内の県立高校には,通用門から校舎までのゆるい上り坂に沿ってサクラの木が植えられていました。秋の朝,登校するときに,このサクラのまわりをふわふわと飛び回る蛾がいて,何だろうと気になっていました。というのも,この蛾が白くて美しいだけでなく,当時家にあった一般向けの図鑑には載っていない蛾だったからです。西日本にはごく普通の蛾なのに,東日本には分布していないために,一般向けの図鑑には載っていなかったのだろうと後になって気が付きました。

 この蛾の配偶行動について研究してみないかと指導教官の日高敏隆先生から提案されたのは,大学の学部3年生のときのことでした。私自身高校時代から気になっていた蛾だったこともあって,早速調べてみることになりました。結局,学部と大学院を通じて配偶行動やオスが集まる要因などについての研究を行うこととなりました(参考文献 1, 2)。

 この蛾との三度目の出会いは,徳島の鳴門教育大学に就職してからのことです。鳴門にはこの蛾がいなかったのでしばらく研究を中断していたのですが,1997年に大学院生の村司誠さんとその指導教官だった工藤慎一さんと一緒に,この蛾を使って野外での性選択を測定してみようということになりました。そこで,毎朝徳島市内まで出かけて,この蛾ではどのようなオスが配偶に成功するかということを調べる研究を行ったのです。

どのようなオスが交尾できるのか?

 実は,この蛾では面白い行動が見られます。秋の早朝,サクラの木のまわりを飛び回っているウスバツバメを見ていると,しばしば,一頭のメスのまわりに多数のオスが群がっているのが観察されます(写真参照)。そのまま見ていると,そのうちの一頭が交尾し,他のオスは結局交尾できずに飛び去るのですが,場合によってはどのオスも交尾できずに終わることもあります。では,どのようなオスが交尾できるのでしょうか? これがそもそもこの蛾の研究を始めたきっかけでもあり,私自身の長年の疑問でもあったのです。

 1997年の秋に,徳島のウスバツバメガの個体群で次のような実験を行いました。未交尾メスに集まったオスで,交尾できたものと交尾できずに飛び去ったものをすべて採集して,その形態を調べたのです。その結果,交尾に成功できるかどうかには,オスの交尾器にある把握器が対称かどうかが重要であることがわかりました(参考文献 3)。つまり,より左右対称な把握器を持つオスが交尾の際に有利であることがわかったのです。この把握器には交尾の際にメスの腹部の先端をつかむという重要な役割があります。おそらく,対称な把握器の方がメスの腹部先端をつかみやすいのではないかと思われます。

 秋の早朝,優雅にふわふわと飛び回る蛾ですが,調べてみるといろいろと面白いことがあるようで,まだまだ興味は尽きません。

参考文献

1) Koshio, C. and Hidaka, T. 1995. Reproductive behaviour of the white-tailed zygaenid moth, Elcysma westwoodii (Lepidoptera, Zygaenidae) I. Mating sequence. Journal of Ethology 13: 159-163
2) Koshio, C. 1996. Reproductive behaviour of the white-tailed zygaenid moth, Elcysma westwoodii (Lepidoptera, Zygaenidae) II. Female mating strategy. Journal of Ethology 14: 21-25
3) Koshio, C., Muraji, M., Tatsuta, H. and Kudo, S. 2007. Sexual selection in a moth: effect of symmetry on male mating success in the wild. Behavioral Ecology 18: 571-578

※なお,この蛾の配偶行動の映像は,動物行動の映像データベースに登録してあります。ウスバツバメガで検索して御覧下さい。








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