被虐待の子どもに学ぶ -こころの問題への応用-
 
  講師 二宮 恒夫徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部教授 
                                                 平成21年8月22日
                                                 徳島市にて
子どもの虐待の種類
(純粋に一つだけ生じていることは少ない)
・身体的虐待
・ネグレクト、メディカルネグレクト(輸血、身体的諸害があっても手術をしないなど)
 徳島大学では、病院全体で対応をする。虐待対策委員会
・心理的虐待、DVの目撃(H16改正DV防止法からはいることになった)
・性的虐待

虐待環境の特徴
 安心、安全、信頼感がない。
 →自尊心が育たない。治療の焦点となることである。

虐待の心理的後遺症−第4の発達障害−
(杉山登志郎による)
(1)乳幼児期・反応性愛着障害
抑制型は高機能広汎性発達障害に類似し、脱抑制型は多動性行動障害の臨床像を呈する。
(2)学童期・反抗挑戦性障害
 どうでも良いという気持ちに→不登校、ひきこもりのケースも
(3)思春期以後:複雑性PTSDもしくはDESNOS、人格障害(境界性、反社会性、依存性など)、
精神障害、虐待の世代間伝達→一次予防に努める。虐待を起こす前に

(自尊心の低下、低い自己評価、自信のなさ)

発達障害ではなく、発達のゆがみ、ひずみというとらえ方をする考えもある

PTSD

(1)外傷的なできごとに暴露されたことがある。
(2)再体験され続けている。
(3)外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺
(4)持続的な覚醒亢進症状

複雑性PTSD(PTSDが慢性化・悪化状態)

1)感情コントロールの混乱(抑制と暴発が交代であらわれる)。
2)解離の常在化:離人症、解離性健忘、解離性遁走、解離性同一性障害(多重人格)。
3)自己イメージの混乱(罪悪感、汚辱感)。
4)対人関係の混乱。
(被害者から加害者への転向)
5)意味の混乱(なぜ生まれてきたかなど)

DESNOS(Disorder of Extreme Stress Not Otherwise Specified)

1)感情調整における変容(感情調整不全や怒りの調整困難、あるいは自傷行為や
衝動性、ADHDの診断を受けたこともある)
2)注意および意識の変容(解離の問題と健忘の問題、身体化の問題)
3)意味システムの変容(絶望、失望、価値の喪失)
4)人との関係性の変容(基本的信頼感の欠如、再被害化傾向、加害性)

(思春期の具体的症状)

不安、うつ、睡眠障害、無気力、ひきこもり、
低い自己評価、将来への絶望感、学業への意欲低下や不登校、
自傷行為、自殺企図、人間不信、自己卑下と
他者不信、
拒食、過食・嘔吐・下剤の乱用、
家出、非行や暴力、薬物使用などの問題行動

(ケースについてのサマリー)

幼少から父親による身体的、心理的虐待、中学生の時、知人から性的虐待を受ける。
複雑性PTSD(PTSDが慢性化・悪化状態)の概念でとらえられる症状が出現
(1)感情コントロールの混乱(抑制と暴発の交代)
(2)解離の常在化
(3)自己イメージの混乱(罪悪感など)
(4)対人関係の混乱
(5)意味の混乱(なぜ生まれてきたかなど)
現在、人に信頼感を持てず、人に気を遣う緊張した毎日を送っている。

うつ病認知スケール(町田静夫作成)
A B C
質問1  どこか別世界にでも  ・・・4 3 2 1 
質問2  私はとても心の弱い  ・・・4 3 2 1
質問3  仕事や家事をやりかけ ・・・4 3 2 1
質問4  いつも人の目や言葉が・・・4 3 2 1
質問5 私の人生で失敗ばかり ・・・4 3 2 1 
質問6 自分の仕事(勉強)が  ・・・4 3 2 1
 ・
質問32 いくら心配しても    ・・・4 3 2 1
A:否定的自己認知 B:対人過敏 C:強迫的思考
質問は1〜32問、非常にそう思う4点〜まったくそう思わない1点の4段階評価

うつ病 不安障害 健常者
A 否定的自己認知 30.3 24.4 19.1
B 対人過敏(依存症) 29.9 26.2 22.3
C 強迫的思考 30.8 28.8 26.0
  合計点 91.0 79.4 67.4
否定的自己認知 39点
対人過敏 36点
強迫的思考 33点
 あわせて、自己評価も実施。
今回のケースでは、通常は27点、ハイテンションの時39点であった。

エゴグラム
平均的な数値を示したのは、A(成人・理性)で、あとのCP(批判的な親)、
NP(養育的な親)、FC(自由な子ども)、AC(順応した子ども)の数値は、
いずれも過小のなかにあった。
CPとNP、FCとACの関係から見る交流様式は、自他否定型(拒絶、閉鎖)
であった。
WISC:言語性IQ 89、動作性IQ 108、全検査IQ 98
YG性格検査:
情緒不安定(抑うつ性大、気分の変化大、劣等感大)、非活動的、
思考的内向、社会的内向


「お父さんごめん」。お父さんは許す。一般的な家庭だったらこれで終わり。
だけど、私は違う。それ以上のことをしようとする。お父さんの機嫌を取る、
お父さんに好いてもらうために。好かれるような子どもになろうとする。お父
さんとの会話の中でほんの短い時間の会話のとぎれ、沈黙が耐えられなか
った。何か言わなくては、機嫌が悪くならないように何か言わなくてはと思っ
た。他の人に対してもそうなってしまった。会う人の全部に対してそうなって
しまった。友達に対してもそう。友達を好きだと言ってそばに行く。だけど、相
手は私のことを嫌っているかも知れない。相手が何を考えているのか分から
ない。


私は、周囲が怖いから、周囲に合わせているだけ。周囲に合わせるために、
その場面、場面で違った自分が出てくる。その場面では、これが本物の自分
と思うけど、場面が違うから、果たして本物の自分がどれかわからない。頑張
って、本物の自分を探そうと思う時はあるけど、生きていこうとするすべてが
私。本物の自分を探している自分が本物。


学校に行く時は、さっきあのように送り出してくれたけど、帰ったらどのような
態度を取るのだろうと考え、学校からの帰りは、どんな態度を取られるだろう
と考える。だから、いつも今いる家のことは考えている。どんな態度を取られ
て、どんなことをされるのだろうとか。でも、今、実際に虐待されていなくても、
されるか恐れもないけど。人に気を遣わなければならないという気持ちがしみ
ついている。どうしても気を遣う気持ちが出てくるから、それをとめようとしても
とまらない。気を遣わないで良いと思っても、気がついたら気を遣っている。
疲れて寝るけど、明日の朝はどんな態度を取れるのかな、寝ている間に○○
ちゃんが探りを入れてないかとか。


朝からハイテンション。風邪をひいていてもハイテンション。私はいじられキャラ
なのよ。おもしろおかしくいじめられるキャラ。それに乗っていかなければならな
い。これを保つには薬を飲まなければやっていけない。本当の自分はうつにな
りそうだから、ならないために。学校でハイテンションになっていないとどうなる。
沈んでしまっているような顔になる。沈んで静かに机に座っているとおもしろおか
しくちゃかされる。そして、多分おいていかれる。ひとりぼっちになるのがいやだ
から、今日もハイテンション。


○○時の私の担任はうざい。わかったようなふりをして。それも教師な。わかった
ふりをして。それも教師な。わかったふりをする相手はうざく感じる。私みたいな子
に分かったふりをしたらいけない。絶対、その人には心を開かないから。こんな人
には心を開けたくないと思った。自分のクラスに不登校がいたら困るから、教室に
来いと言ってた。

 私がフラッシュバックを起こして怖がっている時だって、わかったような口をきい
た。事件は、クラブ活動の○○をしている時だった。○○が好きだった。教師は、
○○が好きだったら、もう一度○○を始めたらと言った。何言っているのだろうと
思った。だから、私は心をずっと開かなかった。学校に行かなかった。分かったふ
りをして、話しかけてくる。そう。がんばれと言うけど、今までがんばって、ここまで
落ちている。


家族団らんって、私には経験ないから、その温かさはわからない。楽しい、愛、
信頼などと言われても、そんなもの何って思う。生きていても何も楽しいことは
ない。つらいことばかり。なぜ、生まれてきたのだろう。薬を大量に服用した。
意識をなくしていた。このときは、3日間の入院で退院した。気持ちが安定しな
いまま、進学の現実にさらされた。進学なんて、もうどうでもいいと思った。そう
簡単に、生きなければならないなんて言わないでほしい。


正直なところ、いつ死んでも良いと思っている。どうにでもなれと思うと、怖い
ものなんてないという気持ちになる。この気持ちが、今一番の生きるエネルギ
ーになっているような気がする。このエネルギーがつきないうちに、ほんとの生
きるエネルギーを探したいという気持ちも少しはある。自信とか、信頼とか希望、
そんな漠然とした言葉のエネルギーではなく、生きるためのエネルギー。疲労
感、絶望感を背負ってのエネルギー探しだから、その途上に死があっても、
しかたないか。


私がだめな人間であるという人はいない。過去に言われてきたことになった。
今は言われていないからといって、消えるものではない。その気持ちは、現在
進行形で続いている。自分を好きになったところでどうなるものでもない。

表面の身体症状がなくなっても、自己評価の低いこと(自尊心の低下、自信の
なさ)は続く。人への信頼感はない。

治療の焦点は、自己評価。信頼。


コラージュは、好きなようにではなく、テーマを言ってほしいと、対象者は言った。
そのテーマでの作品である。対象者とそれ以外の者の作品、あわせて5点である。
この作品のテーマは、「冷たい」。対象者の作品は?



作品のテーマは「信頼」



作品のテーマは「安心」



虐待は、最悪の対人関係障害
 安心、安全、信頼がない環境
 自尊心(自己評価)の低下
 心理的後遺症の出現

子どもの心の問題
 表面の症状は、心理的後遺症と同様
 要因の多くは対人関係の障害
(気づかれない虐待が進行しているととらえるか、虐待という言葉でとらえない
ようにするか。
いずれにしても、虐待をキーワードにすれば、症状や支援方法を理解しやすく
なるかも知れない。)


(思春期ごろの具体的症状)
不安、うつ、睡眠障害、無気力、ひきこもり、
低い自己評価、将来への絶望感、学業への意欲低下や不登校、
自傷行為、自殺企図、人間不信、自己卑下と他者不信、
拒食、過食、嘔吐・下剤の乱用、
家出、非行や暴力、薬物使用などの問題行動

→虐待の子どもから学んだことを応用
 家庭的な関係障害に対して
 親と子どもの関係
 子どもから見ての潜在的虐待関係(心理的虐待)
 →心の問題の発症
   治療が困難に感じられる事例:てんかん、人格障害、精神遅滞、知的障害
 しつこさだけが力か?じっくりつきあっていくだけ

心理的虐待(emotional maltreatment)
定義:養育者によって批判、拒絶、無視などがなされ、また他の子どもと差別
 されたことの結果として、人格のゆがみ、行動や情緒の障害、発達障害を
 生じた状態


子どものこころの問題への対応

1)対人関係の改善を図る。
2)安心、安全、信頼の環境調整
 家族の中で信頼を育む。そのためには、子どもの気持ち(感情)を理解
する(共にする)。
 感情コミュニケーションを高める。そして、親が治療者の一員になる。
3)自尊心(自己評価)の向上を図る。

受容と共感 
子どもの不安と大人の不安の違い、これを一致させるには感情コミュニケ
ーションを高める。


DSM-Wの多軸診断モデル
−子どものこころの問題を総合的にとられるために−


第1軸:臨床疾患、状態
第2軸:人格障害と知的障害の記録
第3軸:一般身体疾患の記録
第4軸:心理社会的および環境的問題
 家族の問題、教育上の問題、困難を発展させた要因など
第5軸:適応度の記録


不登校の多軸評価(齋藤万比古)

第1軸:背景疾患の診断
 適応障害、不安障害、気分障害、身体表現性障害
第2軸:発達障害の診断
第3軸:不登校出現様式の評価
 過剰適応型、受動型(萎縮、不安)、衝動統制未熟型など
第4軸:不登校の経過評価
 準備段階、開始段階、引きこもり段階、社会との再会段階
第5軸:環境評価(不登校の治療、支援の最も基礎的部分)
 家族、学校


親と子どもの関係性
子どもからみて潜在的虐待関係
→こころの問題の発症

治療が困難に感じる事例:
親が人格障害、精神障害、知的障害
(親も過去に虐待を受けたかも知れない)
→子どもが親に言えない。子どもが親に甘えられない。
 親を治療者にしようとしても、できない親が見られるようになっている。
 関係性の障害が起こっている。親も同様であるとできない。

「健やか親子21」国民運動
(平成13年スタート、平成17年中間評価、平成22年終了、10年間)
1)思春期の保健対策の強化     (中間評価)
10代の自殺率               増加
10代の人工妊娠中絶           減少
10代の性感染症罹患率         増加
2)妊娠・出産に関する安全性・・・
3)小児保健医療水準を維持・向上・・・
低出生体重児の割合           増加
不慮の事故死亡率             減少
妊娠中の喫煙率              減少
育児期間中の喫煙率           増加
4)子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減
虐待による死亡率             増加
児童相談所に報告された児童虐待数 増加


精神分析療法


目のイラストに表現される感情から推測される心の問題の対人関係性


子どものこころの問題の多くは対人関係性の問題が潜んでおり、このことが
改善すればこころの問題も改善する。子どもは、関係性の問題や自分の思い
を言葉で表現することは苦手である。
 感情は、言葉や顔の表情などとともに、対人関係におけるこころの表現法、
コミュニケーション手段のひとつである。対人関係においては必ず感情を伴う。
 子どもの対人関係性を感情表現でとらえることにより、家族や大人に子ども
の気持ちを伝えやすくなる。このことによって、家族や大人の子どもへの対応
が変化し、子どものこころが安定し信頼をとりもどせば、こころの問題も改善する。


<方法>
次の目のイラストに対して、(1)愛情、(2)希望、(3)喜び、(4)冷静、
(5)嫌い、(6)憎い、(7)怒り、(8)恐れ、(9)嫉妬(ねたみ)、(10)失望、
(11)不安、(12)醜さ、(13)興奮、(14)心配、(15)恥ずかし
の中から該当する番号を書かせる。

しばらくしてから、該当する目の身近な人を聞き取って挙げさせる。
(1)〜(4)は陽性感情、(5)驚きは陽性も陰性もある。
家族関係性のフィードバックに用いる。


対人関係を推測するためのツールとして

1)目のイラストに感情を表現させる。
2)誰の目に相当するか尋ねる。
3)関係性を推測する。
4)フィードバックして関係性の改善をはかる。


ケース5例
最近は、鼻と眉の線を入れるようにしている場合もあるが、
目に視線が向かわないこともある。

<感想として>
山下教授:虐待のケースを扱っている者もいる。(講師の二宮著)
「子どもに学ぶ」という本は読みやすいが考えさせられる。今日ほど、
ストレートにぶつけられたことはなかった。状況を憂いていること、
「連携」をというよりも「檄」をとばされた。
吉井准教授:適応指導教室でも同席をしているが、子どものまなざしを
忘れてしまうこともある。そのためのコツ、わざは?
→二宮より
1)一番最初に気づいたのは、カルテを書くことで、子どもが何も言わなく
なった。子どもがいる時には、カルテを書かないようにしておいて、後で
整理をする。
2)初めて入ってくる時の緊張をほぐす。あなたとだけ、話をしたいから。
言えるような雰囲気にする。
個別面談、親との集団面談、二人で、けんかという場面もあるが。
家族療法的、方法としては精神分析として。

子どものことばがどんどん出てくるように心がけているが・・・。

山下教授:
フェレンツィ、中立性を捨てなければならない、虐待を受けているケースでは。
ケースに対応している院生の中では、心を動かされてしまうこともある。
カウンセラーの心の健康性はどうか。
→二宮より
自分としては、同情はしない。かわいそうというのは上面だけではないか。
(クライエントは)試している。共感として、つらいはつらい、としているが、
距離感を保つ。これくらいのことで、びっくりしないという態度。
たとえば、座禅など、(自分を見つめること、自分の位置を見定めることが必要)