所長だより050 「福岡教育大学訪問」

2016年3月9日

 本学と、宮城教育大学・上越教育大学・福岡教育大学との4大学による協働参加型の「いじめ防止支援プロジェクト(BP プロジェクト)」の一環として、2月28日に、福岡教育大学アカデミックホールにおいて、福岡教育大学の主催による「いじめ防止研修会」が開催されました。生徒指導支援センターからは、私と池田講師、竹口研究員が参加しました。

 BPプロジェクトは今年度(平成27年度)から始まった事業ですが、それに先立ち、福岡教育大学は、平成266月に「いじめ根絶をめざすアクションプログラム」を策定されました。そして、大学が有するリソースや附属学校を活用し、教育委員会と連携して、いじめ根絶をめざす取組を進めてこられました。中でも特徴的なのは、大学と附属学校で協働して「いじめ防止を意図した各教科等指導案集」を作成し附属学校で実践、さらにそれを一般の小学校5校の協力校において実践しその有効性を検証されていることです。

 今回の研修会では、福岡教育大学附属小学校の平井源樹先生、協力校である福岡市立高宮小学校の宇都宮純一先生、同じく協力校である宗像市立自由ヶ丘小学校の青野慎一教頭先生から、いじめ防止を意図した授業づくりについて、実践報告がありました。

 福岡教育大学では、いじめの背景に、対人関係の拙さや自尊感情の低下の中で生じる「仮想的有能感」、すなわち他者を軽視し見下すことで自身の安定を図ろうとする感覚があるのではないかという仮説を立てられました。そして、「仮想的有能感」により異質な者とのかかわりを回避しようとする「閉じた個」ではなく、協調・協働の考え方に立って他者とのよりよい人間関係を構築していく「開かれた個」を育む授業の研究・開発に取り組んでおられます。

 附属小学校の平井先生は、3年生の体育の授業での「フロアーラリーボール」の取組を報告されました。フロアーラリーボールとは、3人一組のチームによる、床を転がすバレーボールのようなゲームです。興味深かったのは、勝ち負けではなく「人間関係形成力」の育成を目的としているので、ゲームを進める中で子どもたちによる「ルールのつくりかえ」が行われる点でした。たとえば、児童たちは、運動が得意な子が活躍すればよいという考え方ではなく、「全員にチャンス」という考え方から、ルールを考えます。そして、アタックによる得点は2点ですが、初めてアタックで得点した場合は1点加算し3点とし、チームの全員が得点した場合は5点のボーナスを与えるというルールを考え出します。私は、“競争原理と共生原理の統合”を見事に実現している教育実践だと思いました。

 高宮小学校の宇都宮先生は、「フロアーラリーボール」の授業実践や、理科等の授業における「小集団の学び合い」による、いじめ防止を意図した授業づくりを報告されました。宇都宮先生のご報告で興味深かったのは、若手の先生方の意見でした。高宮小学校は、初任者研修制度の調査研究校に指定されているため、大学新卒者5名をはじめ、若い先生方が多い学校です。そこで、宇都宮先生は、若い先生方を対象に、いじめ防止を意図した授業づくりに関するアンケート調査を実施されました。その中で、「各教科での取組は必要だと思う」けれども「教科指導の中で育つ力がどのように“いじめ防止”につながるのかがよくわからない」という意見があったということを紹介されました。率直な意見だと思いました。一定の経験を積んだ教員や研究者は(私もそうでしたが)、何となく気兼ねして、ストレートには言いづらい意見だと思いました。けれども、これは確かに、非常に本質的なテーマに違いありません。“人間関係づくり”をテーマにしたグループワークやアクティビティは、以前からすでに、一定の研究・開発が進められてきているものです。それらを、「いじめ予防のための教育」として捉えなおすことで、どのような意味が付加されるのかという点が重要な研究課題であり、宇都宮先生も、それを認識しておられるからこそ、若手の先生のこのご意見を紹介されたのではないかと思いました。

 自由ヶ丘小学校の青野先生は、1年の生活の授業における「あきってたのしいな」、5年の算数の授業における「チームで解こう!面積スーパークイズ」の取組を報告されました。中でも、生活科の授業について、「かかわりの一番の対象は“あき”ではなく“友だち”」であるという青野先生の言葉が印象的でした。

 学校教育では、授業の本質について、「“○○を教える”ではなく“○○で教える”」という言い回しがされることがあります。青野先生のご報告から、私は、本学の教員であった氏家治先生の“○○で教える”実践を思い出しました。

 氏家先生は、ご著書『生命を尊重する人間形成の教育』(2003)の中で、“ウォータークーラーで教える”取組を紹介されています。ある中学校の校長を務めておられた氏家先生のもとに、生徒会の代表がやってきます。生徒たちは、「暑くなってきたので、みんなが先を争って冷水器に押しかけるのでよく壊れる。だから、修理と増設をしてほしい。」ということをお願いにきたのでした。これを単なる学校設備の問題と考えるなら、予算的に可能であれば“OK”だし、無理であれば“できない”と答えるだけの話しになりますね。しかし、氏家先生は、そうではなく、「修理や増設をすることはやさしいことです。しかし、学校にある冷水器で、互いにみんなが譲り合い、大切に使う心を育てるのは難しいのです。みんなで考えてください。」と、生徒たちにボールを投げ返されたのでした。

 生徒会執行部の生徒たちは、一生懸命に考え、廃品回収で費用を捻出して冷水器2台を15万円で購入する計画を立てました。そして、生徒一人当たりの回収目標量を計算し、町内の家庭の一人当たり7~8軒の分担を決め、全校生徒に呼びかけました。さらに、訪問先での挨拶の仕方を練習し、話す内容についても打ち合わせを行いました。そして、7月の炎天下、生徒たちは全員汗だくになって家々を回り、廃品を托鉢しました。訪問先では、励まされることもある一方で、冷たい仕打ちを体験することもあったようです。しかし、みんなで力を合わせて懸命に頑張った結果、目標の2倍の成果を上げ、4台の冷水器が購入できることになりました。この情報が校内放送で伝えられると、全校に歓声が上がったそうです。やがて新しい冷水器が据え付けられ、生徒会は標語を募集します。選ばれたのは「譲って飲めば心もさわやか、お先にどうぞが言えますか」でした。

 氏家先生は、「生徒たちの、鋭い洞察力と豊かな感受性に感心しました。『大切なものは何か』について、僅かな方向づけをすると、その理解は早く、判断も的確なのに驚きました。」と書いておられます。生徒たちは、冷水器だけでなく、“仲間と協力すること”“世間にお願いすること”“人さまから戴くこと”“仲間と譲り合うこと”“ものを大切にすること”などの、ある意味では冷水器以上に価値のあるものを得たのだと思います。同じように、自由ヶ丘小学校の子どもたちも、“あき”を考える中で、きっと“友だち”の大切さという大きな気づきを得たに違いありません。

 福岡教育大学での研修会、最後は、本学の山下一夫理事・副学長が閉会挨拶を行う予定でしたが、風邪をこじらされて会に参加できず、代わりに私が挨拶を行いました。私は、山下先生ならどのようなお話しをされるかを考えながら、「本気」「特効薬」などをキーワードにお話ししました。山下先生は、「いじめ防止に特効薬はない」ということをよくおっしゃいます。私は、この言葉の意味を、「一人一人を大切にしつつ、人間関係づくり・集団づくりを丁寧に進めていくという“当たり前”の教育の営みを“当たり前”に根気強く積み重ねていくことが、いじめ防止にとっても最も大切なことだ」というメッセージとして解釈しています。確かに、いじめ防止には、「これさえすれば大丈夫」というような特効薬などありません。けれども、“特効薬”はなくても“病気にかかりにくい生活習慣”はあるように、福岡教育大学がパイロット的に取り組んでおられる「いじめ防止を意図した授業づくり」の実践は、確実に、いじめが起きにくい集団づくりにつながっていくものであると感じることができた研修会でした。