所長だより016 「自分のことが好きか…」

2015年7月15日

生徒指導提要には、たびたび「自尊感情」という言葉が登場します。

たとえば、第6章「生徒指導の進め方」の第9節「命の教育と自殺の防止」では、「児童生徒が自分自身を価値ある存在と認め、自分を大切に思う自尊感情をはぐくむ」視点が大切であると述べられています。

 私ももちろん、児童生徒には、「どうせ自分なんて…」などと思わず、自分が自分であることを肯定的に受けとめるようになって欲しいと思いますし、できるものなら自分のことが嫌いではなく、好きになって欲しいとも思います。

あくまでそのうえでの話ですが、それじゃ「自分のことが好きか」と自問してみると、これまでの人生においても、また、もうすぐ還暦を迎える齢となった今でも、簡単に“YES”という答えは自分の中からは出てこないような気がします。

テレビのバラエティ番組で、あるお笑い芸人が、「女子のハートをつかむの魔法の言葉」として「君は自分のことが一番好きで、自分のことが一番嫌いでしょ」という言葉を紹介していました。“ハートをつかむ”というあざとさはともかくとして、なかなか言い得て妙だなと思いました。私も、「自分は自分」というそれなりの自負は持ってはいますが、同時に、いくつになっても「厄介な自分」が性懲りもなく顔を出し、そんなことを繰り返し年を重ねる中で、嫌いなほうの自分の取り扱い方もそれなりに心得てきて、何とかバランスをとっているというのが正直な実感です。自尊感情・自己肯定感・自己有用感に裏付けられた「安定した健全な人格」になど、一生、たどり着けないだろうとも思います。

 私の大好きな吉田拓郎の伝説の一つですが、1971年の第3回全日本フォークジャンボリーで、拓郎は、音響設備のトラブルが起きた舞台で、アコースティック(電気的な増幅をしない楽器本来の音の)ギターと自分の生の声だけで、2時間にわたり1曲の歌を歌い(叫び)続けました。同世代の方は誰もがご存じでしょうが、その曲とは、『人間なんて』です。そうなんです、私たちの青春時代を象徴する歌は、「自分なんて」どころか、「人間なんて」を延々と繰り返す曲だったんです。

漫画「ちびまる子ちゃん」の中で、お母さんに叱られたまるちゃんが、すねて、「何さ、お母さんなんて、ララーラーララララーラー」と『人間なんて』の替え歌を口ずさむ場面がありました。「お母さんなんて」って言われても困るよなあ…と、お母さんのすみれさんに同情を覚えつつ、思わず吹き出してしまいました。『人間なんて』は、さくらももこさん(1965年生まれ)にとっても印象深い曲なのかもしれませんね。

 最近では、今年の6月から放映されているクレジットカードのCMで、「○○○○○○○○カード、ララーラーララララーラー」というかたちで『人間なんて』が使われています。若い人たちは、何の曲かわかっていないでしょうが、CMを作成した人は、拓郎に深い思い入れを持つ同世代の人ではないでしょうか。

 そんな『人間なんて』を絶叫していた拓郎も、今年、古希を迎えました。拓郎のアルバム『感度良好波高し』(1996年)の収録曲『まァ取り敢えず』(作詞は阿木耀子さん)に、こんな歌詞が出てきます。

   レゲエほど 重くなく 多分 自分を 許し始めてる

   ロックほど やわじゃなく 人を 半分 信じかけている

   ラップほど 軽くなく 多分 人生 愛し始めてる

私は、最近、この曲が拓郎ソングの中で一番お気に入りです。『人間なんて』を底流にしつつ、「多分、半分、許し、信じ、愛し始めてる」という部分に、「全き自尊感情」などにはないリアリティが感じられ、何だか胸が熱くなります。

河合隼雄先生は、友情を題材に、“理想と現実”について次のように述べておられます。

友情を支えるものについて、あるいは真の友情について、などを考えることは必要である。しかし、そこに生じてくる理想が「行くえを照らす星」であることを忘れ、到達目標や目的地と考えると、自分の友情について、あるいは友人に対して、怒ったり嘆いたりすることばかり増えるのではなかろうか。さりとて、理想など不要と言う人は、自分の位置や方向などが見えなくなって混乱すると思われる。各人が自分の友情を照らす「星」を見つけられるといいと思う。

  《河合隼雄(2005)「大人の友情」》

自尊感情・自己肯定感・自己有用感…、大切であるには違いないですが、それは、学校教育の段階で獲得できるようなものではなく、人が一生かけて見つめ続けて行く「行くえを照らす星」であるのかもしれません。そのことを忘れず、リアリティのない理想論を語る「胡散臭い教師」に陥らないように、『人間なんて』で拓郎が「人間」をどうしようもない存在だと自覚することを原点にしたことに倣って、時には人知れず、「先生なんて、ララーラーララララーラー」と口ずさむのも悪くないなと思う今日この頃です。